60.博打?
ちょっとひっかかったのが顔に出てしまったらしい。
モルズ伯爵令嬢が教えてくれた。
「私どもの輿入れは、まずお相手の領地選定から始まりますの。
当家と政略的に必要かつ十分な貴族家をいくつか候補として選ぶことになりますが、実を言えば大抵は順番が逆ですよね」
「逆、ですか」
「ええ。普通は何らかの政略や共同事業、あるいは王家からのご指示や示唆などで結びつきが決まります。
両家の婚姻が必要かどうかを検討して、それからになりますわ」
何と。
知らなかった。
男爵家風情には関係がない話だものね。
私が五里霧中なのが判っていて説明してくださったらしい。
「すると婚姻する当事者はあまり関係がないと」
「そうでもございません」
サラーニア様が応えてくれた。
「まず第一に、両家に適齢期の者がいなくては何も始まりません。
年の差が大きすぎれば醜聞になりかねませんし、身分差も重要です。
適性もございますし、学院や社交界での評価も参考にされます。
それからご本人の意思、これが割合に大切ですのよ」
「ああ、確かに」
それはそうだ。
どっちかが不満なまま結婚したら、いくら政略と言ってもヤバい。
性格的に合わなかったりどっちかが不出来すぎても無理だろうし。
「そういった諸々を考え合わせて候補が決まるわけです。
そこからですわ」
え?
「でも輿入れのお話が進んでいると」
それなら何か順番が逆なのでは。
「淑女は難しいので」
なぜかシストリア様がうんざりした表情になった。
「ほら、私たちには適齢期がございますでしょう。
俗に言う売り時というものが」
「あー、確かに」
そうでした。
淑女の花の命は長いとは言えない。
貴族令嬢の婚姻は18歳が限度と聞いている。
普通は16歳くらいで嫁に行くらしい。
ちなみに婿取りの場合はもっと遅いけど、20歳過ぎたら事故物件と見なされたりして。
「まったく馬鹿にしていますよわね。
殿方はいくらお歳を召しても問題ないというのに」
「まあ、それはそれで問題はありますけれども」
「難しいものですわね」
話題が逸れた。
黙って聞いているだけでよく判った。
高位貴族や領地貴族にもそれなりの苦労があるらしい。
婚姻はほぼ政略なのは当然として、だからといって自分の適齢期にそんなに都合がいい相手が出てくるとは限らない。
ぼやっとしていたらあっという間に嫁き遅れや独身貴族(笑)になってしまう。
殿方は適齢期的な縛りは緩いけど、逆に十代や二十代って仕事というか貴族社会で自分の立ち位置を確立するために頑張らなければならないそうだ。
つまり嫁取りとかにうつつを抜かしている暇がない。
だから結局は家族や親類が用意した相手と結婚することになるんだけど、それも政略だからね。
「結構揉めることが多いそうですわ」
「チザム侯爵令息のお話をお聞きになりました?
結婚式の当日までお相手が決まらなかったとか」
「巻き込まれたくはございませんね」
酷い話になっていた。
私が唖然としていると教えてくれた。
社交界で評判の最新のスキャンダル? で、そのチザム侯爵様の令息に何か問題があったわけではないそうだ。
お相手は何とかいう伯爵家の次女だったそうだが、人には言えないゴタゴタがあったとかで、式の当日に花嫁が式場に来るかどうか最後まで判らなかったらしい。
なので三女つまり妹と従姉妹が式場に待機していたそうな。
万一の場合はそのどちらかと婚姻する予定で。
「なぜ代役を二人も?」
「念のためだそうです。
婚姻は何としても実行されなければならないということで」
高位貴族家って(泣)。
「もう博打ですわよね」
「私どもは掛金ですので」
皆さん達観していらっしゃる。
なるほど。
これでは恋とか愛とか言ってる場合じゃないわよね。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説って、露骨に絵空事だったわけだ。
「婚約破棄とか無理すぎますね」
思わず呟いてしまったら一斉に反応された。
「いえ? 割合多いですのよ」
あるのか!
「まあ、大抵は婚約解消か白紙撤回で落ち着きますが」
「それでもたまにはありますでしょう。
ほら、例の」
「ああ、あの方」
固有名詞は出ないのか。
それくらい酷い、というよりはタブーなんだろうな。
「多いのですか?」
聞いてみたら頷かれた。
「婚約というものは、つまり婚姻予定いえ予約ということですので」
「状況は刻々と変わりますから。
何らかの理由で解消になるのはごく普通のことです」
乙女ゲームとは違うらしい。
「つまり珍しいことではないと?」
「それほど多いというわけではありませんが。
というか、そもそも淑女に婚約は普通ですのよ?」




