57.第三師団
「不思議ですね」
グレースが探るような目つきになった。
「何が?」
「あなた、本当に男爵家の庶子ですか?
高位貴族の御落胤ではなく?」
ぎくっ。
何よこのメイド。
鋭すぎるのでは。
私の前世の人が読んでいた小説にあった「影」とかそういう存在なのでは。
「そうだったらいいですねえ……いいね」
自然に出た。
やれば出来るじゃ無いの私。
そう、私は何も知らない孤児上がりの男爵令嬢だ。
設定上は。
「さようでございますか」
幸いにしてグレースはそれ以上は突っ込んでこなかった。
疲れる。
その後は二人とも押し黙ったまま到着を待った。
窓から外を見ているとひときわ大きなお屋敷、というよりは立派な門をくぐった。
これが伯爵邸?
ミルガスト伯爵様のタウンハウスとは比べものにならない。
「モルズ伯爵閣下は領地貴族ですが、宮廷貴族でもあります。
ご一家は王都で生活されておられます」
つまりこの屋敷が本邸か。
グレースが教えてくれた。
モルズ伯爵というのか。
ていうか知っていたけど。
でもリストに載っているだけで名前と爵位しか判らないからね。
貴族名鑑にはもっと詳しく載っているだろうけど、時間がなくて調べられなかった。
礼儀を何とかするのに忙しくてそれ以外は皆無だったし。
「領地貴族なのに王都に?」
「領地は北部にございますが、統治は代官に任せておられます。
ご自身は宮廷武官とのことで」
何と。
軍人さんだったか。
「騎士団ではないのね」
「軍でございます。
第三師団の師団長を拝命されておられるとのことです」
第三師団は王都防衛隊の北部方面担当部隊で、と教えてくれるメイド。
グレースってエリザベス並の情報通ではないか。
新たなサポートキャラ?
でも私の前世の人が読んだ小説にはそんな人は出てこなかったけど。
まあ、そんなことを言い出したらミルガスト伯爵様やお嬢様だって出なかったっけ。
つまり小説では私に関わらなかったから登場しなかっただけなんだろう。
この現実が小説だけで出来ているはずがない。
しかも小説の設定、相当違って来てしまっているもんのね。
攻略対象は全滅してるし。
大体、学院自体が小説に出てきた脳天気な教育機関じゃない。
男女同席せず、という時点で乙女ゲーム小説としては既に破綻している。
ぼやっとしている間に馬車はファサードを通って玄関というか巨大な扉の前に横付けになった。
こっちでも正門から入ったから私は正式な客人ということだ。
ううっ。
考えるな!
下僕の一人が素早く馬車から降りて踏み台を設置してくれる。
その間にもうひとりが扉のノッカーを叩いて言った。
「サエラ男爵令嬢でございます。
お招きにより参上いたしました」
ややあって扉が開いた。
出てきたのは中年の立派な紳士だ。
執事かな。
「ご招待状を拝見させて頂きます」
「これに」
下僕が書状を差し出す。
紳士は丁寧に受け取って確認した後、馬車に向けて一礼した。
「失礼いたしました。
どうぞ」
そこで初めて私の出番だ。
出来るだけ静々と馬車を降りる。
先に降りたグレースが手を支えてくれて助かった。
ここでコケたりしたらコメディだ(泣)。
グレースに手をとられたまま重厚な扉を通ってお屋敷に踏み込むと、そこは広間だった。
正面には螺旋階段。
ここで舞踏会くらい出来そう。
「こちらへ」




