56.駄目じゃん!
身が引き締まった。
そう、今の私は地方男爵家の令嬢という以前にミルガスト伯爵家の客人で、ご令嬢が推薦するお嬢様なのだ。
つまりある意味、伯爵家が私の身元と私自身を保障している。
万一、何かやらかしたら私やサエラ男爵家だけじゃなくて伯爵家の顔に泥を塗ることになってしまう。
つまりお嬢様や伯爵様は私がそんなことをしない、という想定で今回のお茶会に派遣してくれたわけだ。
重い。
それは私だって、いつまでも使用人の真似事していていいとは思ってなかったけど。
でもお茶会とかパーティに参加するにしても、もっとこう気楽な男爵家レベルの集まりから慣らしていきたかったのよ。
それがいきなり領地伯爵家。
正直怖い。
だって私、伯爵令嬢とお話しするどころか会った事もないのに!
「不安ですか?」
グレースが聞いてきた。
「それはそうです ……そうよ」
いけない。
お嬢様になりきらないと。
「大丈夫ですよ。
当家のお嬢様は人を見る目がおありです。
そのお嬢様が紹介状を書かれたのですから」
ここでグレースが言うお嬢様はミルガスト伯爵家の末の令嬢のことだ。
「でも私、お嬢様にお会いしたこともないのに」
顔も知らなかったりして。
「直接会わなくても情報は色々入ってくるものですから。
お嬢様の目を信じてください」
気楽だなあ。
何かあっても被害を被るのはグレースじゃないからか。
いや?
「ひょっとして私が何かやらかしたらグレースの瑕疵になる?」
「なりますね。
私は支援役ですから」
駄目じゃん!
益々重くなってきた。
窓の外を見てみる。
貴族街を横断しているみたいだ。
広い街路を馬車が行き交っているけど、みんな立派というか高級そうなんだよね。
高位貴族ばっかなんだろうか。
「そうですね。
この辺りはお屋敷街ですから、関係のない方はあまり来られないかと」
つまりみんなお金持ちか高位貴族か、その両方か。
よし。
もうしょうがない。
どうとでもなるさ。
開き直っているとグレースに笑われた。
「何?」
「いえ。さすがでございます。
お嬢様が見込んだだけのことはありますね」
「?」
意味が判らない。
「どういう意味?」
「気骨があると申しましょうか。
私も学院で色々なご令嬢とお話ししてきましたし、お嬢様のお供でそれこそ多勢の高位貴族の方々を拝見させて頂きましたが」
「が?」
「大抵の方は、何というか自分の身を越えた状況や事態、あるいは身分高い方と遭遇すると、悪く言えばビビります」
「それはそうでしょう。
でなかったら馬鹿か、危機管理が成ってないだけで」
「それでございます。
失礼ですが、男爵の令嬢それも平民生活が長かったはずの御身はビビッておられない」
そう?
自分ではビビッてるつもりなんだけど。
でもグレースにはそう見えないのか。
「いやあ、ビビッてますけど」
「でも外見上は平静そのものでございますよ?
大抵のご令嬢は青くなったり拳を握りしめたり、途中でやっぱり止めたと騒ぎ出したりします。
どっしり落ち着いてしまわれるとは、私も想定外でございます」
そんなに落ち着いて見えるのかなあ。
まあ、確かにどうとでもなれとは思っているけどね。
だって慌てても仕方がないでしょう。
それに孤児やっていたら自分ではどうにもならない状況に頻繁に遭遇するから。
ビビッて止まったらそこで試合終了だ。
孤児は足掻くんだよ。
それは貴族も同じだと思うんだけど。




