55.貴族の矜持
まあ仕方がない。
それから私はグレースさんと一緒に礼儀の練習をしたり軽く昼食を摂ったりして過ごした。
食事というよりは作法の確認みたいなものだったけど。
貴族令嬢のお茶会の仕組みは大体判っている。
学院でも何度か参加したからね。
もちろん授業の一環で。
お茶会なので食事は出ないけど、軽いお菓子はつく。
それに参加者によっては領地や商売の見本を試供する人もいて、それを食さないと失礼になる。
だから空腹は駄目だけど満腹で行って重い特産品などを出されたら詰む可能性がある。
「腹三分くらいが良いと聞きましたが」
「お茶会が長時間に渡った上に何も出なかったら辛いですよ?
腹五分くらいでちょうど良いかと」
グレースさんは学院で色々経験したらしくて知識が豊富だった。
勉強になります。
昼食の後、応接間に移動してああだこうだと楽しく話していたらメイドさんに呼ばれた。
「お時間です」
「はい」
そういえば私、本日のお茶会について何も知らない。
招待状はすぐに取り上げられてしまってよく見てないし。
主催者や参加者の情報はもらったけど、どこでいつから開催とか一切不明。
「何も知らないんですけれど」
「そんなものです。
貴族のご令嬢は身一つを運んでいただければよろしいかと。
それ以外はお付きや使用人の役目でございます」
さいですか。
それはまあ、そうかも。
だって私、お茶会に行けと言われても何を用意したらいいのかとか、どうやって行くのかすら五里霧中だもんね。
それは別に私が男爵令嬢だからではなく、貴族だったらみんな一緒だそうだ。
細々した事は全部お付きが決めて使用人が実行する。
私の場合は伯爵邸の執事の人が命令して、多分メイド長が差配したんだろうな。
実行役はグレースと。
そのグレースに手を取られて静々と進み、エントランスから踏み出す。
正面には正門。
ファサードから馬車が進んできて目の前で止まる。
私、お屋敷の玄関を通るのってこれが初めてかも。
いつもは裏口から入って使用人宿舎に直行していたし。
「どうぞ」
お仕着せを着た馭者の他に下僕が控えていて、馬車に乗り込むための踏み台を揃えてくれた。
わー、貴族令嬢みたい(棒)。
まずはメイドのグレースが乗り込む。
これは安全確認のためらしい。
手を引っ張って貰って馬車に乗り込むと豪華だった。
「伯爵家の馬車、使っていいんですか」
「当然でございます。
お嬢様は当家のお客人ですので」
堂々と言い放つメイドさん。
あんたの方がよほど貴族臭いよ。
もっともグレースはお仕着せだった。
つまりは仕事中だ。
不意に馬車が動き出した。
乗り心地は……良い。
さすがは伯爵家御用達。
「凄いですね、この馬車」
「普通ですよ。
というよりはこれ以下ですと伯爵家としての格が疑われます」
疲れる。
何かもうこの時点で萎えてるんですが。
私は貴族の令嬢のはずなんだけど、薄皮一枚剥がせば孤児院出の平民なんだよ!
ふと馬車の後ろを見たら男の人が両側に立っていた。
下僕が二人もつくのか!
たかがお茶会に行くのに馭者を含めて使用人が総勢4人も。
「伯爵家ならこんなものですよ」
「私は男爵家なのに」
「当家のお客人です」
貴族の矜持か。




