54.学院出
ていうか今の、貴族の礼だったよね?
「グレースでございます。
父が騎士爵ですので」
淡々と言うメイドさん。
若いと言っても私よりいくつか年上だ。
「グレースさん」
「グレース、と。今後は外出の時にはお付きをさせて頂きます」
通告だよねこれ。
つまりお目付役か。
メイド長が退席するとグレースさんは力を抜いた。
やっぱ取り繕っていたらしい。
「あの、グレースさんも学院に?」
聞いてみた。
「『さん』はいりません。身分が違います。グレースとお呼びください。
はい。輿入れに必要でしたので」
「え? もう結婚しているんですか?」
「夫は伯爵家の騎士です」
つまりは貴族ではないか。
私なんかのお付きやっていいの?
「私は貴族ではありませんよ?
騎士爵は一代貴族ではありますが、その家族は身分上は平民です」
「でも学院に行ったんですよね?」
「夫が一応爵位持ちですので、家族ぐるみで貴族とお会いすることもあります。
その時に失礼がないようにと」
聞いてみたらグレースさん……グレースは父親が騎士というだけじゃなくて、父方は先祖代々騎士だそうだ。
母方も似たようなもので、つまりは筋金入りの騎士一族。
別に世襲しているわけではないけれど、親が騎士だったら息子はそれは騎士を目指すよね。
環境的にも有利だし。
それにコネというか、血縁に騎士がいると授爵されやすいらしい。
騎士って本人の資質や能力だけじゃなくて家族や親戚もふさわしいかどうか調べられるから。
だって貴人の護衛や治安を守る立場なんだよ。
関係者が反王家的な勢力に所属していたら拙いでしょう。
私の前世の人の記憶でも、やっぱり騎士みたいな職業につくのは大変らしかった。
その社会で治安維持を担う人は警察官と言って騎士団員というよりは警備隊員に近いけど、権限や仕事内容は騎士だ。
「官」だからつまりお役人だし。
誰にでもなれるわけじゃなくて、それ専用の学校にいって卒業しなきゃならない。
しかも、実は採用前に本人に加えて親類縁者についても調べられるそうな。
こっちの世界でいう追い剥ぎとか地下の住民とかが近い血縁にいたら採用が難しい。
それはそうかも。
うっかり採用してしまったら、下手すると反社会的な人が身内になってしまうかもしれないし。
ということで、グレースさんの家系は騎士だらけだそうだ。
普通の平民よりは裕福だし、家で祝い事なんかがあると父親や親戚の上司である貴族が来たりする。
その場合「私ら平民ですから」では済まないよね?
なのでグレースさんも学院に行って貴族の礼儀や知識を学んだと。
「おかげで伯爵家に採用されました」
「ああ、確かに。貴族のやり方に詳しいと有利ですものね」
「こうやってお嬢様のお付きもさせて頂く事で、お給金も弾んで頂いております」
ちゃっかりしているというか。
でもそうか。
この場合、グレースさんは身分的に平民でいた方がいいわけだ。
だって貴族だとメイドなんか出来ないから。
かといって侍女をやるには身分も知識も礼儀も不足している。
だから平民で通すと。
「でも実際には騎士爵の正室なんですよね?」
言ったら笑われた。
「騎士なんかほぼ平民ですよ?
正室って。
側室とか養う余裕などありません」
経済的問題か。
まあいいや。
「判りました。
よろしくお願いします」
「はい。
ですが、人前では平民として扱ってくださらないと困ります。
貴族令嬢がメイドにへりくだっているように見えると色々と」
「……肝に銘じます」
面倒くさいなあ。
だから嫌なのよ。
そもそも私なんか本来は孤児なんだよ。
貴族どころか平民以下といっていいのに。




