53.建前
そう、貴族の庶子って実は結構たくさんいる。
私が育った孤児院にもいたくらいで。
大抵は貴族家の使用人や娼婦が愛人や妾や商売相手になって妊娠して産むんだけど、意外にも堕胎しろとかは言われないそうだ。
礼儀教育で教えて貰った所に寄れば、貴族の一番重要なお仕事は子孫を残すことだ。
それが出来ない人は貴族社会からはじき出されることもあるとか。
というのは貴族って個人よりも家、もっというと家系が大切で、貴族個人は家系を繋げるための部品のような扱いらしい。
よって貴族家の殿方は何より生殖能力が重視される。
本人がアレでも子孫を残せるのならその貴族家は安泰だ。
個人の能力は他でも補えるから。
要するに優秀な側近や家臣がついていれば、貴族本人の資質は問わないとまでは言わなくても優先順位が下がるらしい。
まあ、建前では本人の優秀さが大事なんだけどね。
でも、例えば凄く優秀だけど子種がない嫡男と女好きでパッパラパーだけどあちこちに庶子を作っている様な次男がいたら、親類縁者や家臣によっては次男が後を継ぐこともあるとか。
もちろん普通なら優秀な嫡男がすんなり跡取りになって、子供が出来なかったら弟の子を養子にとったりするらしいけど。
ということで、貴族の殿方が妾や愛人を作って子供を産ませるのは悪いことだけじゃないらしいのよ。
それってつまりその殿方が子孫を作る能力があると証明したわけだから。
しかも妾の産んだ子が優秀だったり長生きしたりしたら、それは子種が優れている証拠になる。
なので愛人に子供が出来たら追い出すにしても十分な保障や金銭を与えるという。
私の母親は私が生まれたら孤児院に預けて逃げたらしいけど(泣)。
昔はそう思っていたんだけど、実は男爵様から裏の事情を聞かされている。
どうも、私の母親は私を孤児院に預ける時にかなり多めの寄付をしていったらしい。
私が男爵様の庶子であることを証明する書類と一緒に。
しかもそれを男爵家に知らせていた。
先代男爵様は何もしなかったけど、代替わりした今の男爵様がすぐに私を迎えに来たのはそういう理由だったようだ。
母親が何を考えていたのか今となっては五里霧中だけど、少なくとも見捨てられたわけではなかったみたい。
自分では育てられない事情でもあったのかもしれない。
かといってすぐにどこかに養子に出すことも出来ないしね。
父親の男爵が存命で、庶子とはいえ自分の血を引く娘が勝手にどこかの養子になったりしたら後が大変だ。
奥方は知っていたのかどうか。
腹違いの兄である今の男爵様からは何も聞いてないけど、知っていた臭い。
私が男爵家に引き取られた時には前男爵の未亡人ってお屋敷にはいなかったからね。
それとなく教えて貰ったけど、どうも領地の別荘みたいな所に引きこもっているそうだ。
表向きは今の男爵様やその奥方の邪魔にならないように自ら身を引いたことになっていたけど、真相はわからない。
まあ、私としてはどっちにしても助かったけど。
男爵家の皆様が私をすんなり受け入れたのは直接利害関係がないからだ。
自分の旦那の愛人の娘が堂々と乗り込んで来た状況の未亡人とは立場が違う。
そんなことをつらつら考えているうちに身支度が終わったようだった。
姿見に映った私は凄かった。
何この貴族令嬢?
デビュタント前を示す流した紅みがかった金髪と紫色の瞳。
小顔だ。
髪型と髪留めでここまで出来るのか!
それに肌にはシミ一つないし白すぎる。
むしろ内側から輝いているみたいな?
別に厚塗りしている様子もないのに。
貴族のお化粧恐るべし。
脳内で確認してみたら、まさしく前世の私が読んでいた小説の挿絵そのままだった。
凄い。
ていうか小説の私、礼儀も態度もパッパラパーなのに姿だけこれだったと。
格差が凄かっただろうな。
「いかがでしょう」
「最高です」
「それはようございます。
お嬢様には慣れるためにこのままお過ごし頂きます。
お化粧直しが大変ですのでくれぐれもご用心を」
言われてしまった。
ついうっかり顔を洗ったりしそうで自分でも怖い。
「これ、崩れたらどうすれば」
「お付きが対処しますので」
メイド長の隣に立っていた若いメイドが一礼した。
そう、礼だ。
よく知ってる顔だった。
昨日まで一緒におしゃべりしながら食事の用意とかしていたのに!




