47.舐められたら終わる
まさか私が本格的なドレスを着てお茶会に参加することになるとは。
いや、いつかはやらなきゃならないだろうと覚悟はしていたけど、いきなりだからなあ。
唖然としたままお屋敷を出て使用人宿舎に戻り、その日は早く寝てしまった。
翌日、学院に出てきている教授の方を捕まえて色々聞いてみた。
この学院は教育を目的とするだけあって、特に教授の方々は熱心だ。
だから生徒の要求には出来るだけ応えてくれる。
私がお願いした教授の方はもちろん貴族の婦人だったけど、高位貴族のご令嬢のお茶会についてはあまり詳しくないということで、別の方を紹介して頂けた。
「ありがとうございます」
「いいのよ。私たちはあなたのような熱心な生徒の役に立つためにここにいるのですから」
法衣子爵の奥方だというその方はにっこりと笑って去った。
教えられた道筋を辿り、廊下をかなり歩いて立派なドアを叩くとお仕着せ姿の女性が開けてくれた。
何か偉そうだなと思ったらメイドじゃなくて侍女だった。
態度とお仕着せの仕立てで判るんだよね。
つまりこの部屋の主は侍女がつくくらいの身分ということだ。
「お忙しいところを失礼します」
「いいのよ。何かしら」
ソファーでくつろぐ見るからに高位貴族らしい婦人。
いかん。
こっちから声をかけてしまった。
慌ててカーテシーをとるとコロコロ笑って許してくれた。
「学院内では教授と生徒は師弟関係と見なされるわ。
普通に声をかけて頂いていいのよ。
そうしないと生徒は質問も出来ないでしょう」
「恐れ入ります」
いや、もっともだけど相手は高位貴族なのよ。
本能的に萎縮してしまう。
何とか転ばずにソファーに座らせて頂き、相談する。
侍女の方がお茶を出してくれた。
侍女ですら私より身分が高そうなんですが。
まあしょうがない。
敢えて考えないようにしながら相談する。
初めてお茶会に招かれたのですが、どないしたら良いのでしょうか。
「初めて。
そういえばあなた、デビュタントは?」
「まだでございます」
「ならば最初にそれをはっきりさせなさい。
そして教えを請うの。どのように振る舞えば良いか」
「そんなことをして失礼ではないでしょぅか」
「人は頼られると気分が良いものよ。
無知を曝け出して素直に尋ねてくる相手を無下には出来ないわ。
そのお茶会の参加者は皆あなたより身分が高いのでしょう?」
そうだろうとは思う。
領地伯爵家のご令嬢のお知り合いが開くお茶会に、私より身分が低い方がいるとは思えないし。
「判りました」
「もう一つ。
無知は力ではあるけど陥穽を呼びやすいわ。
そのお茶会の参加者を調べておきなさい。
ご本人はもちろん実家の爵位や領地、特産物、近況も。
知識もまた力なのですから」
なるほど。
やっぱり凄いよね。
「判りました。
ありがとうございます」
「最後に。
卑屈になってはいけません。
貴族の矜持だけは捨てないように。
舐められたら終わるわよ」
怖っ。
「肝に銘じます」
「よろしい。
幸運を」
私は立ち上がってソファーの後ろに回り、礼をとってから後ずさった。
侍女の人がドアを開けてくれたので深く頭を下げる。
「失礼させて頂きます」
目の前でドアが閉まる。
お咎めがなかったということは、最低限の礼儀は守れたらしい。
それにしても助かった。
思いついて良かった。
今の忠告がなかったらどうなっていたことか。
もう一度ドアに向けて頭を下げると引き上げる私なのだった。




