39.抜け駆け
エリザベスにはそう言われたけど、ちょっと抜け駆けもしてみた。
例の「食堂」で、「始まりの部屋」で知り合った方とばったり会って意気投合したのよ。
私より数ヶ月前に出ていった男爵令嬢だったんだけど、実家の男爵家は貿易商でずっと海外と交易していたという貴族家だった。
なのでその男爵様はほとんど国内におらず、従って貴族家としての社交も最低限だったとか。
もちろん商家なのでそれなりに顔は広かったらしいが、ご令嬢は三女なのでほとんど放置されて育ったらしい。
実家が気がついた時には平民に混じって生活していたとかで、だからといってそのままでいいはずがない。
貴族年鑑にはちゃんと登録されていたので。
ということで急遽テレジア王立貴族学院に放り込まれて悪戦苦闘していたという、ある意味私の同士だった。
「どうですか?」
「溺れ死にしそうよ」
人気の無い食堂で話し込んでしまったけど、やはり学院生活に慣れることが出来なくて青息吐息ということだった。
「大丈夫なんですか?」
「何とかね」
それでも潰れずに済んでいるのは非公認の団体に参加出来たからだという。
「あなたや私みたいな令嬢や令息って常に一定以上はいるみたいなの。
だから、誰が始めたか判らないけれど互助組織みたいなものがあって。
あなたも入る?」
「是非!」
ということで紹介して貰った。
非公認組織とは言いながら、学院側には黙認どころかある程度は評価されているそうで専用のお部屋があった。
質素なりに居心地が良さそうなお部屋で、この建物が宮殿だった頃は使用人用のたまり場だったらしい。
なので場所は本殿とはいえ外れの方だし、窓が小さくてドアからそのまま中庭に出られるようになっていたりして、本来ならとても貴族令嬢が使う部屋じゃない。
だけど私みたいな平民上がりには逆に居心地が良かったりして。
「ようこそ」
迎えてくれたのは、やっぱりどこか平民臭がする人たちだった。
みんなドレスだから貴族ではあるんだろうけど、素性が知れそう。
当然のようにみんな下位貴族令嬢の印をまとっている。
「お世話になります」
「いいのよ。みんな一緒だから」
お茶とクッキーをごちそうして貰った。
これはみんなが持ち寄るそうだ。
学院側には黙認して貰っているだけなので援助とかは一切ない。
「暇な時はここで休めばいいから。いつも誰かしらいる」
「施錠しないから出入り自由よ。だから貴重品は置いていかないようにね」
「あと気がついた時には掃除とか整理整頓とかすること」
なるほど。
息抜きの場としては最適かも。
でもこれ、私の前世の人の記憶にあるサークルとかクラブとかいうものじゃない?
学校にありながら教育の場ではない集まり。
それでいて生徒同士の相互交流の場であり、教育内容や進路に関わらず知己を得ることが出来るという。
これはいい。
エリザベスに聞いてみたら、もちろん知っていた。
でも参加はしていないそうだ。
「私みたいな立場の者には敷居が高いのよね。
ほら、使用人がついているでしょう」
「ああ、そういう」
エリザベスは富豪の令嬢なのでお付きがいる。
高位貴族家と違って家臣じゃなくて使用人だけど、それでもメイド付きであのお部屋に行ったら浮きそう。
ちなみに伯爵家以上の子弟には大抵お付きがいるけど、その人たちは使用人ではなくてその貴族家の家臣だ。
子弟本人じゃなくて貴族家に仕えているんだけど。
例えば伯爵令嬢といつも一緒にいるいくつか歳上のお付きはその伯爵家に仕える准男爵とか騎士爵家の子弟だ。
本人は伯爵家の家臣の子弟ということで、伯爵家から正式にご令嬢の侍女やお付きに任命されていてお給金も出ている。
これが侯爵家とか公爵家になると、侍女も男爵や子爵家の子弟になる。
王族だったらお付きは伯爵家とか?
そうなると、そのお付きにもお付きがいたりして。
まあ、私には関係ない話だけど(笑)。
ちなみに私の実家の男爵家は伯爵様の寄子だけど、これは厳密に言えば家臣ではない。
男爵とはいえ王国の正式な貴族家なので、国王陛下以外には臣従出来ない。
だから伯爵様の寄子という立場で、領地の統治を委託されているとか。
よって私も伯爵様のご令嬢の侍女にはなれない。
ていうか正式に雇われればなれるけど、それは家臣じゃなくて使用人という立場になるらしいのよね。
そういう知識も家庭教師に叩き込まれた。
だってそれが判ってないと王国の身分制度が理解出来ないから。
小説の私ってそれが判ってなかったんだろうなあ。
だから高位貴族の貴公子に平気で話しかけたりしたんだろう。
マジで怖いよね。
よく首が飛ばなかったものだ。




