363.研修生
「エリザベスも学生になるの?」
うっかりため口で聞いたらエリザベスはちらっと専任侍女を観た。
頷く専任侍女。
その途端、ピシッとした姿勢を保っていたエリザベスが身体から力を抜いた。
そのままソファーに腰を下ろす。
「許可が出たから前みたいに話すけどいい?」
専任侍女のお墨付きが出たということは、人払いされているのね。
「もちろん」
「さて、と。
もともと私は神聖軍事同盟に奉職希望なのよ。
だから貴方の侍女をやりながら学院に通おうと思っていた。
兼務出来ないのなら侍女を辞そうと思っていたところにこのお話を頂いて」
私の護衛兼サポート役として学生にならないかと言われたそうだ。
商人としてのお仕事も続けて良いし、もちろん学生としても正規に採用するからと。
「こんないいお話、逃せるわけがないでしょう」
「それもそうだけど。
テレジアの学院はどうなるの?」
「出国前に退学してきた。
問題なし」
さいですか。
エリザベスは退学に必要なメダルを揃えていたものね。
さすが。
「ついでに言うと貴方も退学したことになっているわよ?」
「そうなの!」
「メダルは必要数集め終わっていたでしょう。
サエラ男爵令嬢として」
「それもそうか」
色々あってメダルは集まったんだけど、途中で公爵にされたりして有耶無耶になっていたのよね。
しかもなぜか特任教授として学院の研究室を主宰することになったりして。
「それはマリアンヌ・テレジア公爵名義のお話ね。
まだ生きているわよそれ」
「何で?」
「だって予算はテレジア公爵家が出しているんでしょう。
本人がいなくても特任教授職はそのままになっていると思う。
名誉教授かな?」
そうなの?
ええと、つまりは。
「テレジア公爵としての私は学院の教授の肩書きを持ったままでミストアに来て巫女になって神聖軍事同盟の盟主と付属学院の名誉学院長をやっていると。
それとは別に、マリア・サエラはテレジアの学院を退学してミストアの学院に研修生として通うわけか」
何かすぐにバレそうだけど、桃髪さえ隠せばテレジアの男爵家子女としてやっていけるかも。
まさか同盟の盟主で名誉学院長でミストアの巫女が研修生やってるとは誰も思わないだろうし。
「私はマリア・サエラとして登録されているって?」
聞いたらメロディが応えてくれた。
「研修生とはいえ、無爵で無実績では採用し辛くてな。
これは他の学生も同じなんだが、母国である程度の実績を上げていることが採用の条件だ」
「ああ、テレジア王立貴族学院を退学というかクリアしていることがそれに当たると」
「男爵子女時代のマリアンヌにはそれなりの実績があるからな。
歌劇とか」
うっ。
あの黒歴史は忘れたい。
「無理だ。
神聖軍事同盟はアレを国威高揚の手段として大々的に広めていく予定だ。
既に計画が動き出している」
メロディが無情に言った。
ライラ!
仕掛け人はアンタね?
そういえばそんな風なことを言っていたっけ。
大丈夫だろうか。
女性軍人が増えたりしない?
「そこまで行かんとは思うが……まあ、先の話だ。
それより」
ということで私の学生生活が再開されることになった。
嫌とは言えない。
だってこれ、もともと私の我が儘から始まったようなものだし。
神託宮に閉じこもっているのが退屈だからと言う理由でやることになったのよね。
もっともメロディによれば実利的な理由もあるそうだ。
神聖軍事同盟の盟主たる私はお飾りではあるんだけど、だからといって無知なままでいいはずがない。
一応は神聖軍事同盟の活動内容も把握しておくべきではある。
実務には関われないけど、その前段階としての学院の学生として学ぶことで理解を深めさせようと。
「そんなに簡単にいくかな」
「専門家になれと言ってるんじゃない。
むしろ浅く広く学ぶというか、各部門の概要を把握して欲しいと理事会から」
それはそうだろうなあ。
だって盟主は理事会の議案を承認する権限があるのよ。
ということはつまり、承認しないことも可能なわけで。
盟主が無知なままだったら「理解出来ない」という理由で議案が非承認になってしまうかもしれない。
まあ、そんなことになったら病気か何かの理由で盟主を強制的に引退されられるだろうけど。
「判った。
私は学ぶというよりは見て回ればいいのね」
「そうだな。
研修生なのもそれが理由だ。
講座に所属してしまったらそこに拘束されかねないからな。
むしろ聴講生の方がいいか」
「いや、それだと浮きそうだから」
正規の学生の方が目立たないし。




