362.マリア・サエラ
少し考えてみた。
一度でも戦火をくぐっているとしたら、それなりに腹が据わっているだろう。
しかも上官の推薦が必要というのなら、逃げ回っていたり隠れてやり過ごしたわけではない。
そんな奴を推薦する上官はいない。
だって推薦するってことは自分がそいつの人物を保証することになるから。
貴族家と同じで、例えば令息や令嬢が何かやらかしたら、それは直接その貴族家の評判に関わってくる。
子弟にどんな教育してたんだ、と。
メロディの話もそれと同じか。
「なるほど」
「まあ、実際には難しいけどな。
そもそも戦場に出る兵士ってどれくらいいるのか判らん。
大規模な戦争の最中なら候補者には事欠かないだろうが、平和だったら戦場に出ようがない」
「そうね」
「だからそこら辺をアレンジした。
戦場は無理としても、それなりに修羅場をくぐった経験を裏の条件にしたんだ。
あと、身分は問わないことにした」
それは難しいんじゃないかなあ。
だって士官学校だよ?
テレジア王立貴族学院は貴族の子弟しか入学出来ないんだけど、それでも入学前に落ちこぼれて「始まりの部屋」送りになる人が後を絶たなかった。
私もだけど(泣)。
貴族子弟ですらそうなんだから、毎日の生活に追われる平民が教養を身につける余裕なんかないのでは。
「それもそうなんだが、貴族家の者だけだと将来先細りになりそうなのでな。
だから原則として身分は問わない。
将来的には優秀な平民を奨学金付きで集めて最初から育てようという案も出ている」
抜かりはないか。
でも問題は解決していないのでは。
「身分を問わないという規定には裏の意味があってな。
本人のせいではない理由があって貴族家を放逐されたり、実家が潰れたりして平民になった元貴族にも資格がある」
「ああ、そういうこと」
なるほど。
実は、そういう人たちって結構いるらしいのよ。
必ずしも本人に問題があるわけじゃなくて、誰かのやらかしで実家が爵位を剥奪されたり返上したりして平民になってしまった人はそれなりにいる。
あるいは次男とかで当主になれるだけの教育は受けたけど、爵位を継いだ嫡男が結婚して跡継ぎが育ったとか。
そういう人たちは身分は平民だけど元貴族家の者だから高度な教育を受けているし、やる気と能力があれば新天地でのし上がることも可能だ。
「そういう人材を集めると?」
「そうだ。
実際にはもっと世知辛くてな。
神聖軍事同盟の名で候補生の募集をかけたんだが、なかなか志願者が集まらなくて」
あー。
それはそうかも。
だって神聖軍事同盟付属学校ってまだ知名度もないし、それどころか実態すらない。
ある程度優秀な人だったらわざわざ志願しなくても国内にもっといい職場がいくらでもありそう。
優秀じゃない人とか問題児だったら推薦を貰えないだろうし。
「それでもとりあえず開校出来るくらいには集まったんだが。
現時点では使えるかどうか判らん。
それで一応、研修生という形で受け入れて査定する予定だ」
「そこに私も混じると」
「その桃髪をヅラで隠せばバレないだろう?
幸いにしてマリアンヌは語学に堪能だから、その特技を買われて推薦されたということにすれば」
サエラ男爵令嬢ということで登録しておいてやる、とメロディ。
私に断り無くもう決まっているみたい。
いいんだけどね。
ロメルテシア様に聞いたら既に根回しは済んでいるということだった。
私はテレジア王国の男爵家令嬢としてテレジア王政府の推薦を受けて神聖軍事同盟付属学院に入学する。
身分は研修生。
推薦の理由は語学が堪能で度胸があって使えそうだから。
名前はマリア・サエラで登録したということだった。
人の名前を勝手に省略するんじゃ無い!
「マリアンヌ様のお名前は有名でございますから。
万が一にも疑いを招くことのないようにと」
さいですか。
ま、確かに盟主で巫女と同じ名前だったらそれだけで人の興味を引くかもね。
マリアなら愛称として十分だし、私も自分の名前として認識出来る。
「マリア・サエラってどこに住むの?」
神託宮から通学するのはヤバい気がする。
「寮をご用意させて頂きました。
もっともそれは擬装で、実際の生活は神託宮で」
適当な屋敷にお部屋を用意して貰えるらしい。
「無駄じゃ無い?」
「そこは実際にも寮でございます。
マリアンヌ様のお付きの者が住む予定です」
私のお付きの人って?
案内されて私の執務室に入ってきたのはよく見知った顔だった。
「エリザベスが?」
「お久しぶりでございます」
堂々と礼をとる古馴染みのテレジアの男爵令嬢。
乙女ゲームのサポートキャラだったはずだけど、実際には富豪と言える大商人の子女で今は私のメイド、じゃなくて侍女か何かだったはずだけど。
「このエリザベスがマリアンヌ様の近侍として侍ります。
もちろん学院では同期の学生に擬態しますが」




