360.聴講生
ところで私やメロディが神聖軍事同盟関係で色々動いている間、神聖教が何をしていたのかというと何もしてなかった。
これまで通りに慈善団体的な活動を続けているだけで、神聖軍事同盟には一切口を出してこない。
千年掛けて貯め込んだ富が流失し続けているのに無関心とは。
月一の教皇猊下との会食で聞いてみたらあっさり言われた。
「ミストアの富は巫女が使ってこそでございます。
富など神聖教の大義の前には塵芥でしかありません。
そして巫女のなさる技は神聖教そのものと言って差し支えなく」
何か誤魔化された気がしたけど、言わんとするところは判った。
神聖教自身はその教義からして富の蓄積を求めていない。
かといって散財する必要も意味もない。
神官たちは清貧を旨としているわけじゃないけど、組織的に贅沢なんか出来ないようになっている。
だから自然と富が蓄積されていくのだそうだ。
巫女はむしろそうやって貯まった富のガス抜きみたいな形で財産を使うという。
「神聖教を発展させようとかは思わないのでしょうか」
「私共にはそういう欲望がございません。
ことさらに勢力を増そうなどとは思いませんので」
ここだけのお話ですが、と断ってから教皇猊下が話してくださったのはミストアの歴史の裏の部分だった。
千年の間には色々とあったそうだ。
野心に満ちた教皇や枢機卿が出なかったわけではない。
だけど、ある程度以上のことをやろうとすると神聖教自体が自浄作用を起こしてそういう人たちを追放する。
「そのようなことが」
「神聖教は宗教ということになってはおりますが、明確な権威を認めておりません。
何かを楯にして物事を進めようとしても、大多数の意見が反対なら潰されます」
そういうことか。
やっと判った。
私の前世の人の世界にも宗教団体があったんだけど、歴史的にみてもそういう団体って酷い事を平気でやってきたのよね。
自分が信じる神が正しくて他が全部間違っているどころか悪魔だと断定すれば、どんなことだって正当化される。
それどころか信仰の対象が同じ神でも解釈が違ったら積極的に殺し合ったり。
その際の言い訳というか理由付けが「神が命じた」というものだった。
絶対の権威を借りて断罪する。
それがエスカレートしたら大虐殺とかになってしまったりして。
でもミストアの場合、神が許したとか命じたとかは使えない。
それってどこの何の神? ということになるから。
それでも押し通そうとしたら反対勢力が結集して潰される。
「なるほど」
「結局の所は初代巫女様の教えに回帰します。
神の存在を否定するわけではございませんが、あくまで優しく見守ってくれている、というものでございます」
教皇が神を「もの」とか言っていいんだろうか。
別に私には関係ないけど。
そもそも私、別にミストア神聖教の信徒じゃないからね。
巫女なだけだ。
ちなみに私の前世の人も無神論者、じゃなくて無関心論者だった。
神がいてもいなくても自分には関係ないと思っていたみたい。
苦しいときの神頼み、ということもした記憶が無い。
神様がいたしたって、そんな頼みを聞いてくれるようには思えなかったし。
だってそうでしょう。
普段は無視しているのに苦しい時だけ頼んでくるような奴の言う事を聞いてやる気になる?
私なら断固拒否だ!
「それでこそ巫女でございます」
なぜか教皇猊下が満足そうだった。
ミストア神聖教のお金を使うことに罪悪感を覚えなくてもいいと言われたので、私は提案される議案を片っ端から承認した。
特に神聖軍事同盟付属学院関係の申請は言われるままに許可しまくった。
おかげで組織化拡大化が急速に進んでいるみたいだけど。
何せ私は神託宮に閉じこもっているのでよく判らないのよね。
最初は我慢していたんだけど、だんだんとつまらなくなってきたのである日言ってみた。
「視察って出来ない?」
だって学院の建物とかも見た事無いし。
「もっといい方法があるぞ」
メロディがとんでもないことを提案してきた。
「私が学生になるの?」
「聴講生という形だな。
国外からの視察という形なら自由に見て回れる」
巫女がそんなことしていいのか。
「もちろんヅラで桃髪は隠して貰う。
その上で高位貴族の従者とかに擬態すれば」
とても宗教団体の最高位の人が言う言葉じゃ無いけど、メロディってもともとそういう人だった。
そもそも巫女とか第一王女とかの肩書きが間違いなんじゃないかと思ってしまう性格なのよね。
そんなことを言い出したら私も同じなんだけど。
何となく神聖軍事同盟付属学院の事務方代表のようになっているユベニアを呼んで聞いてみたら可能ということだった。
「本採用の前に仮免というか研修か視察のような形で候補生の受け入れを行っております。
マリアンヌ様もその一環として参加されれば良いかと」




