358.読み書き
うかつだった。
メロディの前世の人は乙女ゲーム狂いの文系と聞いていたんだけど、それって要するに小説読みということだ。
SFも読んでいただろう。
それどころかあのお話、何となくBL的な雰囲気があったからなあ。
もちろん私の前世の人はそんなのに関係なく宇宙とかSFが好きだったから読んでいたし、何ならアニメも観ていたみたいだけど。
まあいい。
どうせ戯れ言だ。
時にはそういう馬鹿話をしながらも時が過ぎていく。
神聖軍事同盟の本格稼働に伴って付属学院も正式に発足し、募集された学生が集まって来た。
最初の生徒は各国の王政府の推薦を受けた若手の専門家たちだった。
全員が既にある程度の実績を上げていて、なので学生というよりは研究員か。
「そうだな。
現時点では素人を集めても仕方がない。
研究所というところか」
「いずれは将来を見据えて若くて有望な方々を募集したいと考えております。
研究開発部門はこの方針で参りますが、そろそろ現場の担当者の養成を始めたく」
ロメルテシア様が持ってきたのは学院の下部組織の青写真だった。
「これは?」
「士官学校でございます」
そっちか!
神聖軍事同盟独自で軍の指揮官を育てようと。
「厳密には違う。
むしろ軍大学とか参謀養成所だな」
やっぱり一枚どころか何枚も噛んでいるらしいメロディが説明してくれた。
神聖軍事同盟自体には独自の軍隊がない。
でも大陸の各国の軍隊を管理統括するための統合幕僚本部を設立しなくてはならないし、それを運営するためには専門教育を受けた高級将校が大量に必要になる。
当面は各国の軍の上級将校を集めて担当して貰う予定だけど、その人達の手足となって働く若手の士官は神聖軍事同盟生え抜きであることが望ましい。
「つまり参謀本部要員の育成?」
「だな。
もちろん頭でっかちになったら困るから、学院に籠もって勉強するだけじゃなくて定期的に各国の軍隊に派遣して経験を積ませる」
どこまで遊……好き勝手やる気なんだメロディ。
ミストアはそれでいいの?
「メロディアナ様は巫女でございます。
神聖教はただ従うのみ」
さいですか。
ロメルテシア様たちに聞いても無駄だった。
何せ巫女というだけで何でも許される。
私も試しにちょっとした思いつきを言ってみたら即座に予算がついた。
それどころか専任の人を選ぼうとするので慌てて止めなければならなかった。
「巫女のご意志は何より尊く」
「まだ考え中だから!」
うっかり戯れ言も言えない。
私が何か言ったら下手すると大陸全土に影響が出てしまいそうだ。
そもそも私なんかの思いつきで何かやったって上手くいくはずがないものね。
なので大人しくしていようと思っていたんだけど、それにしても暇だ。
語学の講座というか家庭教師との演習は暇に任せてずっと続けているせいで、今の私は十ヶ国以上の言葉を話せる。
読み書きはまだおぼつかないけど。
テレジア時代から言われていたんだけど、私は耳が良いのと絶対音感とやらがあるせいで、どんな言語でも会話の上達が異様に速いのだそうだ。
言葉を「音」として捉えているみたいなのよね。
だから会話に比べて読み書きはいくら頑張ってもイマイチだ。
ロメルテシア様としてはどうでも良かったらしくて何も言わない。
巫女は話せればそれでいいらしい。
別に複雑な書類とかを扱う必要もないものね。
ちなみにテレジア公爵時代の主なお仕事だった書類のサインはほぼなくなってしまった。
巫女はどっかの領主とかじゃないから決裁の必要がない。
判らない事があったらロメルテシア様か、その分野の専門家がやってきて説明してくれる。
やりとりは口頭で終始するから書類を扱う機会もない。
だから未だにミストア語の読み書きも危なっかしいんだけど。
「出来るだけ覚えた方がいい」
メロディに言われてしまった。
「公式じゃなくても私的な手紙とかを出すこともあるだろう。
今はまだ必要がないにしても、神聖軍事同盟が本格的に活動を始めたら盟主として要人と手紙のやり取りすることもありそうな気がする」
なるほど。
さすがはメロディ。
巫女や盟主直筆のお手紙って何か有り難そうだもんね。
そのためには読み書きが重要だと。
「判った。
ロメルテシア」
「御意」




