349.挨拶
「聖下、手をお振りください」
後ろに居るロメルテシア様が囁くので右手を挙げて適当に振ったら。
一瞬遅れて大歓声が押し寄せて来た。
音圧でちょっと身体が後退したくらい。
皆さん、何か叫んでいるっぽいけど不協和音が混じり合って意味が判らない。
びびって固まったら「続けて」と言われてしまった。
しょうがないので手を振り続ける。
ちなみにローブ姿なんだけど、バルコニーに出る前に頭巾は外してあるので私の桃髪が丸見えだ。
ああ、そういうことか。
これだけの距離があったら私の目鼻立ちとか姿なんか判りっこない。
姿すら豆粒たみいなものだろう。
でも髪は隠しようがないし、とにかく目立つからね。
巫女はヅラもありってそれだ。
「メロディにヅラを被せて引き出したら良いのに」
思わず呟いたらロメルテシア様が真面目に応えた。
「本物がおられるのに敢えてメロディアナ様を出す意味はございません」
ロメルテシア様の中ではメロディは偽物という認識らしい。
十分くらい手を振り続けたら疲れてきたので引っ込ませて貰った。
広間に戻って聞いてみた。
「これで終わり?」
「1時間後に再度お願い致したく」
人を入れ替えてまた同じ事をするらしい。
みんなそんなに巫女が観たいか。
しようがない。
そして私はその日、都合7回も羞恥プレイを強いられたのだった。
まあ、出ていって手を振るだけなんだけど。
終わった時には日が傾いていた。
マジで疲れた。
一回ごとに消耗するので控え室に戻って休ませて貰ったんだけど、こういうのって体力的にはたいしたことないにしても精神的に削られるのよね。
しかも蓄積する。
ヘロヘロになって神託宮に戻った私はお風呂にも入らずにベッドに飛び込んだ。
すぐに眠れた。
かと思ったら専任メイドに起こされた。
「聖下。
お時間でございます」
グレースも「聖下」呼びになってしまった。
ここはミストアで神託宮だから正しいんだけど。
もう私はテレジアの公爵じゃないらしい。
ていうか私の身分、どうなってるんだろう。
まあどうでもいいけど。
「聖下……殿下の正式なご身分はテレジア公爵でごさいますよ」
私の心を読んだらしい専任侍女が教えてくれた。
「ただ領地は王家預かりになったと聞きました。
殿下はお仕事で領地を離れ、代理領主が統治するという形でございますね」
「代理って」
ロンバートだかヒースだかがやっているんだろうな。
何のことはない、元に戻っただけだ。
「テレジア王国での私の立場はどうなってるの?」
「王命を受けてミストアに赴任した、という形でございます。
ご身分とご領地がございますので俸給は支払われませんが」
そうなのよね。
貴族は王国に尽くすのが義務だ。
普通は領地の収入から金銭で払ったり兵士や官僚を王宮や王政府への出仕させるという形で義務を果たすんだけど。
大使や外交官として貴族家の者を海外に派遣することもあって、今の私はそれに準じた立場になっているみたい。
「つまり」
「殿下ご自身が王命で王国のためにお働きになっておられるため、公爵家の上納金が減額されていると報告にありました。
その分、殿下がご自由に使えます」
専任侍女って今更ながら凄い権限を持たされているみたいね。
そんな王国の極秘情報を平然と垂れ流したりして。
いや、この場合は上司である私に報告するんだからいいのか。
それでも侍女というよりはもう完全に家政婦なのでは。
「はい。
殿下のミストア赴任に伴って現地家政婦に昇進しました」
やっぱり!
みんなどんどん出世しているみたい。
「それよりお時間が迫っております。
すぐにご用意を」
まだ外は明るいんだけど?
晩餐でしょ?
もうちょっとゆっくりしていても。
駄目だった。
お風呂に放り込まれて散々弄ばれ、いつものようにガウン姿で髪を乾かしながら今夜の晩餐の参加者について復習させられた。
何百人いるのよ!
「とりあえず国王陛下は全部把握して頂きます。
一度お目にかかった方が大半ですので容易かと」
容易なんかじゃないよ!
私はメロディみたいな化物じゃないのに!
ミストアの神官と違って服装で区別出来るわけじゃないから大変なのよ。
しょうがないので参謀に頼ることにする。
「ロメルテシア様とか、ついていてくれるわよね?」
「御意」
良かった(泣)。
ちなみにメロディはしれっと王女枠で参加するそうだ。
いいなあ。




