341.想定内
「実は既に始めているんだが」
メロディが言った。
「極秘だが、私が覚えている近代兵器の概念をまとめて兵器開発部門に渡してある。
テレジアに居た頃からチームを作って進めていたから、近々原型というか模型が出てくるはずだ」
何ということを!
テレジアの私が主催していることになっていた研究室ってそんな物騒な事をしていたの?
「知らなかった」
「極秘だと言っただろう。
資金はミストアが出していた」
闇が深いなあ。
慈善団体や福祉財団が裏では武器商人だったとか、私の前世の人の世界の小説みたいだ。
「そんなことはないぞ。
別に儲けるつもりもないし」
「それは判ってるけど……そんな話、ここでしてもいいの?」
だって観光施設を見学している真っ最中で、周り中に人がいるのに。
「だからいいんだ。
これでは盗み聞きなんか無理だろう」
確かに。
私の前世の人が読んでいた軽小説にも五月蠅い酒場で密談するシーンがよく出ていたような。
こういう所でする話はどこかの密室より遙かに秘匿性が高い。
「まあ、あんまり大っぴらにする話じゃないからな。
こういう機会じゃないと」
「そうよね。
ていうか知りたくない」
「そうはいかんさ。
神聖軍事同盟が稼働すれば、どうしたって公になる。
その時に盟主が知りませんでしたというわけにはいかないだろう」
知らなかったで押し通したいんだけどなあ。
ていうか知らないし。
「ああ、なるほど」
「そうだ。
盟主はそういうことが進行していたということは知っていたが、内容は詳しくは知らなかったということにしておけ」
「しておけというよりは事実だし」
実際、私がメロディの新兵器について詳しく知る必要ってないのよね。
それを使ってどうこうするのって現場レベルの話になるから。
トップは現場のことまで知る必要はない。
結果だけだ。
私の前世の人の社会でもそうだった気がする。
たとえばある程度以上の規模の会社とか自治体だと、その社長や市長は部下が何やっているのか全部知るなんてとても無理だ。
それどころか何をどうするのかすら指示出来ない。
だから「○○をやれ」程度の命令しか出来ないし、それをどう実現するかは部下の問題になる。
「そういう意味ではメロディも越権行為なんじゃないの?」
「私はこの場合、ミストアの巫女じゃなくて外部の識者として関わっている。
アイデアや知識の提供だけだ」
何にでも言い訳を用意してあるみたい。
メロディってマジでチート参謀だな。
「そんなことはいいから見学しよう」
「そうね」
それから私たちはあちこち見て回った。
千年分の蓄積があるミストアの歴史は凄かった。
そんなに続いていたら停滞したり分裂したりしそうなものだけど、ミストアはずっと同じくらいの勢力を保っていた。
つまりある程度完成してしまったら発展もしないし衰退もしない。
超保守的と言えなくもないけど、実際のミストア神聖教は進取の気風に富んだ組織みたいだった。
不思議に思って晩餐の時にロメルテシア様に聞いてみた。
「ミストア神聖国って謎ですよね。
普通だったら千年もたてば色々変わると思うんですが」
「変わっておりますよ?
例えば百年前のミストアと現在とでは大きく違います」
さいですか。
「そうは見えないんですが」
「メロディアナ様から伺ったことがありますが、お二人の前世の世界には面白い格言がございますでしょう。
例えば『同じ所に留まるためには全力で走り続けなければならない』と」
それって格言じゃ無くて、とある童話でトランプの女王陛下が言った戯れ言じゃなかったっけ。
まあいいけど。
「それと同じと?」
「はい。
大陸にはあまたの国家や勢力が存在し、それらは常に流動しております。
勢力分布や思想、政治形態など、ミストアが皆様にご奉仕するための環境は常に変化しているので」
するとメロディが手を打った。
「なるほど!
周囲の変化に合わせてミストアも変わり続けてきたということだな」
「はい。
私共が奉仕する相手は国家ではなく人々ですが、その方々は国家に所属していてその法に縛られます。
なのでミストアとしてもそれに合わせる必要がございまして」
私にはよく判らなかったけどメロディは納得していた。
凄いなあ。
「となると今回の件もミストアにとっては想定内だと」
「いくつかある予想のひとつということでございます。
将来的な計画は常に複数用意してございます。
そのうちのひとつが実現したということで」
なるほど。




