333.来襲
「マリアンヌ様」
ロメルテシア様が熱の籠もった視線を向けてきた。
「神聖教の巫女のお役目は、ただ存在することでございます。
雑事は我々隷が片付けさせて頂きます」
「でも」
「巫女は神聖教の道標でごさいます。
本当の危機が迫った時にのみ、動かれるものであると」
うーん。
私の前世の人の世界って、科学技術というものが発達していたのよね。
当然、武器や兵器も凄いものがあった。
馬車の何倍も速く走る馬無しの車とか、空を飛ぶ乗り物とか。
お船だって御用船の百倍くらい大きなものもあったはず。
そして、極めつけが核兵器という恐ろしい爆弾だ。
あまりにも威力が大きすぎて、使ったら都市丸ごとが吹き飛ぶくらい。
だから戦争になっても使えない
敵国も持っていて使ったら双方破滅なのが判っているから。
だけど「持っている」というだけでかなりの圧力をかけることが出来るのよ。
実際に使わなくても威力を発揮する。
抑止力という概念なんだけど。
巫女ってそういうものなのかもしれない。
もちろん私が何をしても世界が破滅したりはしないでしょうけど、でも私が「居る」というだけでミストアの意識が変わったりして。
だから私は何もしない、というよりはしちゃいけないのか。
「判りました」
まあ、このお話はどっちにしても長期戦だ。
よその大陸と戦争だよ?
計画や作戦を立てるだけでも十年単位の話になる。
私はぼやっと、は拙いから粛々としていればいいんだろうな。
そして私は再び神託宮での待機に戻った。
のんびりしているようで忙しい日々が過ぎていく。
ひたすら勉強の合間に教皇猊下や枢機卿の人達と食事したり、メロディに呼ばれて何かのパーティに出席したりする。
ちなみに一応、教都での顔見せもやった。
中央教会のバルコニーに立って巫女装束で手を振っただけだったけど。
正式な行事じゃないのですぐに引っ込んだけど、話題にはなったそうだ。
私の前世の人の世界では、世界的な宗教の指導者がそういうのをやるらしい。
そういえばテレジアでも国王陛下がやっていたような。
まあいいけど。
そんなこんなで数ヶ月がたち、秋が深まって冬の気配が漂うようになったある日、ロメルテシア様が晩餐の席で言った。
「根回しというか、概ね準備が整いました」
ようやくか。
待ちくたびれたわよ。
「いつ頃になるの?」
「来年の春には」
そんなに後か!
「時間がかかると」
「冬の間は海が荒れますので国外から来賓がいらっしゃるのが難しくなります。
なので」
それはそうか。
私の前世の人の世界では多少天候が悪いくらいでは移動に支障は出なかったみたいだけど、こっちでは致命的だ。
荒れた海では普通に船が沈む。
「来賓って」
「各国の調整もほぼ終わったと言う事でございます。
国王陛下か、その代理の方がお越しになられると」
やってしまったのか。
本気で神聖軍事同盟を結成することになるのね。
大陸中の国のトップを集めることが出来るのはミストアだけだ。
そのミストアですら、多分神聖軍事同盟を作るから、というだけでは無理なんでしょうね。
だから巫女を餌にしてご招待したと。
これは別にミストアが他の国の上に立つというわけではないから受け入れやすい。
そして集まってしまえば「どれ、神聖軍事同盟の話でもしようか」ということになる。
そういう筋書きだ。
「あと三、四ヶ月くらいね」
それまではゆっくり出来そう。
そう甘く考えていた事もありました。
嵐は突然、やってきた。
昼餐の後に専任侍女から「謁見の要請が来ております」と。
要請?
ご大層な。
「お会いになられますか?」
「それは会ってもいいけど、どなた?」
「ハイロンド王国王太后殿下、およびライロケル皇国皇妃陛下でございます」
祖母上と母上かーっ!
一体何しにきやがった。
「断れない?」
「無理でございましょう」
そうですよね。
私は絶望しながらお風呂に放り込まれて洗われ、目一杯磨かれた後に正式の巫女装束を着せられた。
一番グレードの高い応接室で貴賓を出迎える。
お付きを引き連れてお部屋に入ってきたのは懐かしい? 方々だった。
「シェルフィルでございます」
「セレニアでございます」
形式張ってご挨拶するお二方。
祖母上で王太后や母上で皇妃なのに。
そうか、ここはミストア神聖国神託宮。
そして私は巫女。
ここにおいては誰よりも身分が高いことになるのか。
他国の王太后や皇妃は世俗の身分は最高位だけど、神聖教では一信徒でしかないのよね。
「マリアンヌでございます。
ようこそおいでになられた」
何しに来たんだよ。
しかもこれから冬になる。
当分、ミストアから移動出来ないから居座る気満々なのでは。




