330.暇
「船旅はどうだった?」
「快適でございました」
あの揺れをものともしなかったのか。
グレースは根性で船酔いを駆逐したと言っていたっけ。
「そういえば他の人達はどこにいたの?」
御用船には私や王女様たちの他は最側近しか乗っていなかったから、それ以外の人たちは他の船に乗ったんだろう。
収容人数の関係で分散せざるを得なかったはずだ。
「護衛艦隊の輸送船に乗船を許されました。
ミストアに着いたときには大半が船酔いで使い物になりませんでした」
ありゃ。
「それは気の毒なことをしたわね」
「自業自得でございます。
志願した以上、どんなことになっても自己責任で」
出た!
やっぱりテレジア公爵家ってブラック企業だった。
「辞めるとかいう人はいなかったの?」
「申し出ればそのままテレジアへ送り返すと言ったところ、全員が残留を希望しました」
それはそうでしょう。
船酔いで倒れた直後にまた船に乗せられるくらいならブラック企業の方がマシだ。
「それで着いてきてくれたと」
「幸い、教都までの旅で大方回復したと報告を受けております。
旅の間中、馬車で寝込んでいたのが功を奏したらしく」
馬車で雑魚寝させられて運ばれたらしい。
過酷過ぎる。
何か慰労しないと。
「現時点では何をしても負担にしかなりません。
後日」
「そうだね」
まあいいや。
専任侍女辺りに言って忘れよう。
専任メイド配下のメイドさんたちからもお話を聞いているうちに食事が出来たという連絡が来た。
食堂はやっぱり豪華だった。
結構広い。
聞いてみたら私が使うだけじゃなくて、巫女が色々な人を招いて小規模の晩餐を開くためのお部屋だそうだ。
つまり接待用を兼ねている。
もちろんそんな集まりを開催するかどうかは巫女の自由なんだけど、例えば神託宮として今後重要になったり懐柔したいような方を招いて巫女自ら接待する、という状況に使うらしい。
なるほど。
巫女は表には出ないけど、逆に言えば裏では暗躍するというわけね。
そのうちどっかの国王陛下とかを呼んだりするのかなあ。
その場合はメロディに丸投げしよう。
ちなみにこのお部屋はメロディと共用ということだった。
というよりは神託宮の食堂なので、私個人の食事処はまた別にあるらしい。
「今日はそっちは使わないの?」
「普段はそちらを使用するということで、この大食堂を使ってみて頂きたいと」
神託宮を管理している部門から要望されたらしい。
何か気にくわなかったり換えたい部分があれば、言ってくれれば改装してくれるという。
人を駄目にするよね、これ。
すぐに食事が運ばれてきたので黙々と食べる。
美味しいんだけど、だだっ広いお部屋に私一人だけ座っていて、壁際にずらっとメイドさんたちか並んでいるってちょっと圧迫感があった。
こういう状況でも平然と食事出来るようにならないといけないのか。
食べ終わってとりあえず感想を伝えて貰う。
「美味しかったわ。
ありがとう」
「料理人に伝えます」
フォロー良し。
何かこの状況、気をつけてないとすぐに悪役令嬢化しそうで嫌だ。
居間に戻ったけどやることがない。
手持ち無沙汰になってしまった。
普段なら公爵家のお仕事があったりメロディやロメルテシア様が押しかけてきて色々と忙しいんだけど。
それがなくなったら暇だ。
私の前世の人はいつも時間が足りないと思っていたみたい。
やること、やりたいことが山積みで暇なんかなかったのよね。
そう、ここに来て私の性格上の欠陥が如実に表面化した。
私、趣味がない!
普通の貴族なら仕事以外にやりたいことがあって、暇を見つけてはそれをやっている。
刺繍とか楽器の演奏とか。
趣味の本を読んだり何か作ったりすることもあるらしいんだけど、私はこれまでの人生はサバイバルに必死すぎてそんなことをする余裕がまったくなかったのよね。
孤児時代は襲ってくる幼児愛好者を撃退したりちょっかいをかけてくるエロガキを潰したりするのに忙しかったし、サエラ男爵家に引き取られてからは勉強尽くしだった。
それは学院に行ってからも一緒だ。
というよりは酷くなった。
テレジア公爵にされたらお勉強に加えて公爵領の統治というか書類仕事が押し寄せて来たし。
つまり、何が言いたいのかというとこれまで暇になったことが一度もなかったという。
こんな時は寝てしまうのが一番なんだけど、さっき起きたばかりで眠気なんかまったくない。
どうしよう。




