326.威風
教皇猊下が手ずから扉を開けて私を迎え入れる。
お付きの人とかはいないのか。
お部屋は立派ではあるけど、離宮の私の執務室と大差ない作りだった。
シンプルな執務机にソファーセット。
お仕事したり人を呼んで話を聞いたりする部屋だ。
「お掛けなさい」
教皇猊下に言われてソファーに腰掛ける。
猊下が自らお茶を煎れてくれた。
美味しかった。
そういえば教都の門をくぐってから飲まず食わずだったっけ。
教皇猊下も私の正面に坐ってお茶を飲む。
しばしの沈黙。
「落ち着いた?」
「はい」
鎮静効果のあるお茶なのか、確かにすうっと気持ちが凪いだ。
やっぱり緊張していたみたい。
「では自己紹介させて頂きます。
私はアルメイダ。
ミストア神聖教の教皇の立場にあります」
「あ、はい。
マリアンヌ・テレジアでございます」
巫女だとか言う必要はないよね。
「敬語は不要よ。
神聖教内部では御身は私より位階が高いのですから」
「いえ、巫女は教会の階層構造から外れていると伺いました。
であるならば若輩者が猊下に敬意を払うのが当然、というよりは必須かと」
ここんところは譲れない。
私なんかポッと出のなんちゃって巫女なのよ。
変に持ち上げられて慢心なんかしたら地獄に一直線だ。
「そう。
報告は聞いていますが、予想以上に賢明な方ですね。
はい。
こういった私的な場所では位階など問題にはなりません。
もっとも公的な場所ではお立場に相応しい振る舞いをなさって頂く必要がありますが」
それからアルメイダ様はため息をついた。
「とりあえず謝罪を。
こんなことに巻き込んでしまって申し訳ありません」
まあね。
私がテレジア公爵にされたのは血筋とか国際関係とか色々理由があるからしょうがないけど。
でもミストア神聖教は本来私と何の関係もないのよね。
よその国だし、たまたま桃髪だったからといって私に義理があるわけでもない。
言わばミストアの一方的な横やりだ。
これ、私の前世の人の国で流行っていたという小説に出てくる異世界からの勇者召喚とかに近いのでは。
私の場合は巫女だけど。
「いえ。
いずれは何らかの形で巻き込まれていたと思います。
その……私の母方の血筋が厄介で」
「ああ、ゼリナとテレジアの王家直系のお血筋でしたね。
ハイロンドとライロケルの王家や皇家とも繋がりが」
報告書を読んでいるらしい。
私の立場ってマジでややこしいのよね。
今はまだ成人して間もないからそんなでもないけど、あと数年たったら絶対に政略結婚とかのお話が出てきそう。
テレジア王家も何か企みそうだし。
「ミストア神聖教の巫女という立場は、私にとっては強力な手札になりますので」
そうなのよ。
配られたカードに思いも掛けずジョーカーが含まれていたようなものだ。
他のカードもキングとかAとかばっかだったけど。
「お覚悟は、決められているのですね」
さすがは教皇猊下。
一直線に攻め込んできた。
ミストア神聖教という化物のような組織で頂点にまで上り詰めた方だ。
私なんか雛鳥みたいなものだろう。
でも雛は雛でも私、バジリスクとかの幼鳥なんだよね。
思わず笑みが浮かんでしまった。
そう、私はこんな状況は怖くない。
ていうかむしろ楽しい?
我ながら雌虎だなあ。
「はい」
「よろしい。
ミストアは御身を巫女として奉ります」
言い方が微妙だけど認めて貰えたみたい。
奉るか。
受け入れるでも従うでもなくて。
やっぱり教皇猊下って強かだよね。
「そういえば猊下はもうメロディアナ様には?」
つい聞いてしまった。
アルメイダ様はちょっと意表を突かれたみたいに表情を動かしたけどすぐに微笑んだ。
「お目にかかりました。
何というか……あの方は初代巫女を彷彿させますね」
「初代様ですか」
「もちろん私は直接お目にかかったことはございませんが」
悪戯っぽく笑う教皇猊下。
「かつてこの土地で下位貴族の令嬢として生まれ、とてもそんな立場に安住出来ずに飛び出していった獅子はあのような方ではなかったかと思いました。
すべてを圧倒する威風で何もかもを蹂躙されたと」




