325.仕込み
ああーっ!
またややこしいことになった。
困るんだよね。
ミストア神聖教を指導する立場の人がそんな個人的な事を言うのは拙い。
「それは」
「もちろん、これは私の心に秘めた想いでごさりますれば。
マリアンヌ様には是非、お気になさらぬようお願い申し上げます」
さいですか。
ならいいけど。
「私は何も聞いてないし知らないということで」
「御意」
それきりお互いに無言で馬車が進んでいく。
パレードになると言われたけど、そこまで派手な歓迎ではなかった。
でも道の両側に人が鈴なりでざわめきが聞こえてくる。
何度も「桃髪」という言葉が聞こえたから巫女だとバレているんだろうな。
というよりはむしろ神聖教が喧伝しているはずだ。
それでも群衆は節度を保っていた。
馬車の周囲を護衛騎士が固めているせいもあるだろうけど。
たまに花束を持った子供が飛び出してくるけど、どうもそれ専用のお役目らしい人が私の馬車に到達する前に食い止めてくれていた。
神官服の男女が周囲を一緒に歩いてくれているのよね。
「ああいうのも仕込み?」
聞いてみたらすぐに答えが返ってきた。
「暗殺に子供を使うのはよくあることでござりますれば」
怖っ!
私の前世の人の世界でも狂信的な宗教団体とか過激なテロ組織が子供を使って自爆攻撃とかしていたらしいけど。
こっちでもあるのね。
「用心しすぎじゃない?」
「万が一ということもあります。
毒を塗った短剣で身体のどこでも少し傷つけるだけで済みますので」
ロメルテシア様ってどんな教育を受けてきたんだろう。
雌虎どころじゃないのでは。
そういえばメロディも暗殺や誘拐を防ぐために生粋の王女なのに地方都市で家臣に囲まれて育ったと言っていたっけ。
私の前世と違って現実でこういうことが起こるんだ。
私はサバイバルしていたとは言っても街の孤児レベルだったから本当言うと大したことはなかったみたい。
最初から殺すつもりでかかってくる奴はいなかったし。
非力な幼児が何とか切り抜けてこられたのもそのせいだ。
でも最初から殺る気満々でこられたら淑女なんかひとたまりもなさそう。
「でも、ここはミストアの中心でしょう?
巫女を殺るメリットってあるの?」
「何にでも理由はつきます。
何の理由もなくても襲ってくる者もおりますので」
ロメルテシア様ってもしかしたら対テロ訓練とか受けてきているのかもしれない。
もういい。
考えるのは止めよう。
私は戦争当事者として人殺しになる覚悟はあるけど、日常で切った殺ったを平然と受け止められる心境にはまだなってない。
そのうちに慣れそうだけど(泣)。
覚悟していたような混乱もなく、いわゆる「パレード」は終わった。
あっちこっち曲がったり引き返したりしながら教都内を練り歩いた馬車は、最後に大きな教会のエントランスで停まる。
背後には大群衆。
教会のファサードには神官姿の人たちがずらっと並んでいる。
中心に近ければ近いほど派手な衣装というか神官服だから高位なんだろうな。
そして中心には初老の淑女、いや教皇猊下が立っておられる。
私がロメルテシア様に手をとられて馬車から降りると教皇猊下を筆頭にずらっと並んでいる神官さん達が一斉に跪いた。
おい。
「こちらへ」
ロメルテシア様に手を引かれて静々と階段を上り、猊下の前に立つ。
「ご降臨を言祝がせて頂きます」
教皇猊下でもそれかよ!
で、私はどうすればいいの?
ロメルテシア様も跪いたままで何も言ってくれない。
しょうがない。
「よしなに」
無敵の先送りだ。
どうとでもとれる言葉だものね。
教皇猊下が深く頭を下げた。
他の神官さん達も一瞬遅れて続く。
きついぜ。
でもこれで私はミストア神聖教の巫女として迎え入れられた、らしい。
背後の大歓声を聞き流しながら教会に入り、教皇猊下に従って進む。
両側にずらっと神官さんたちが並んでいたりして。
ロメルテシア様がついていてくれなかったらビビッて逃げていたのかも。
私、巫女って存在を甘くみていた。
まさかここまでとは思わなかった。
教皇猊下と私を先頭にゾロゾロ進んでいくと、背後の集団がだんだばらけていくのが判った。
最後に教会の最奥の立派な扉の前でロメルテシア様も跪いて頭を下げた。
「こちらへ」




