324.覚悟
「出発します」
ロメルテシア様が駆け寄ってきた手の者から何か伝言を受けて言った。
やっとか。
天幕が取り払われ、無蓋馬車となったことで私の姿が周囲から丸見えになった。
なぜか「おおっ」とか「ありがたや」とか聞こえるけど無視。
澄まして玉座に座っているんだけど、座席が大きすぎて子供が豪華な椅子にちょこんと腰掛けているようにしか見えないんだろうな。
実際、足がちょっと浮いている。
もっとマシな椅子はなかったのか。
やっつけ仕事臭いし。
周囲を護衛兵に囲まれているんだけど、頭ごしに周りがよく見える。
巨大な門をくぐると予想に反してそこは広場だった。
ていうか建物がない真っ平らな場所だ。
「ここは」
周りに聞こえないように馭者に聞いたら教えてくれた。
「普段はここに市が立ちます。
教都自体には食料の生産能力がないので、周辺から食物などを売りに来た方々がここに屋台を」
そうなの。
「今はやってないのね」
「叙階式典のため、市は別の場所に移されたと聞いております。
ここも人で埋まると予想されますので」
さいですか。
どんな祭典を計画しているのやら。
ああ、そうか。
ミストア神聖教だけの話じゃないんだ。
むしろ叙階式典は前座で本当の目的は神聖軍事同盟の結成式だものね。
ていうか、それに出席する各国の国王陛下方の歓待だ。
国王ともなれば単身とか数人のお供で来るはずがない。
下手すると百人単位のお供や護衛を引き連れてくるはず。
それを全部収容しようという計画だ。
メロディだか誰だか知らないけど、そんな途方も無い計画をよく立てるな。
でもそれ、戦争するための準備でしかないんだよね。
あまりのことに呆然としているとロメルテシア様が声をかけてきた。
「マリアンヌ様」
「何でしょう」
「ここまで来てこんなことを申し上げるのはご無礼かと思いますが、マリアンヌ様のご意志を承りたく」
私の意思?
そんなもんがあるのか。
「と言われますと?」
「私共は、自分勝手な理由でマリアンヌ様にご苦労を押しつけさせて頂きました。
マリアンヌ様におかれましては、さぞかしご不満がおありかと。
もし、どうしても嫌だとおっしゃられるのでしたら」
この場で言う?
引き返せなくなってから「実は」とか言い出すのは詐欺師の手口でしょう!
「嫌だと言ったらどうするの?」
「メロディアナ様が代役に立つと申されております。
巫女であることには代わりはないと」
なるほど。
卑怯でしょうそれ。
一見、逃げ道を用意してあるように見えるけど駄目だ。
だってメロディ自身が言っていたものね。
神聖軍事同盟をまとめるためには私が必須、というよりは唯一無二だと。
シルデリアの姫君であるメロディがトップに立ったりしたらシルデリアの立場が強くなりすぎる。
他の国が納得するはずがない。
神聖軍事同盟なんか始まる前に空中分解してしまいそう。
私はため息をついて言った。
「心配いらない。
もう覚悟は出来てるから。
ひょっとして私が判ってないとか思って無い?」
ロメルテシア様は沈黙していた。
つまりそう疑っているんだろうな。
「神聖軍事同盟の盟主とやらになるってことは、つまり私が人殺しどころか戦争当事者になるのよね。
何をしてもしなくても私のせいで人が死ぬ。
あるいは殺される。
そうでしょう?」
「……申し訳ございません」
「いいのよ。
貴方もメロディも十分承知の上で動いていることは判る。
当事者じゃないにしても、片棒担ぐことには違いないものね」
「……」
私は息を深く吸い込んでから低く言った。
「私を舐めるな。
私は雌虎。
牙と爪を持つ肉食獣だ」
決まった。
決まったよね?
ロメルテシア様が何も言わないので不安になってしまった。
「ロメルテシア様?」
「……申し訳ございません。
我が主」
何かまた変な事を言い出した。
ギアが切り替わったような。
「巫女でしょ」
「いえ、それは神聖教におけるお立場でございます。
私にとってマリアンヌ様は主と」




