323.生誕地
でもそれからが結構長かった。
いつまでたっても街並が近づいてこない。
もっともだんだんと左右に広がっていって、ついには地平線が全部建物で埋まってしまった。
広くない?
「教都はミストア神聖教の聖地でございます。
高層建築が禁じられておりますので、施設は横に広がったと聞いております」
ロメルテシア様によれば、初代巫女の生誕地だった地方都市はもともとは農業を主力産業とする地方貴族家の領都だったそうだ。
つまり都市機能よりは田園や農園を重視した構成になっていて、住民もあまり多くなかったらしい。
初代巫女が神聖教の原型となる組織を立ち上げた時も、ある程度大きくなったら組織ごと出ていってしまった。
つまりその時点では初代巫女の出生地というだけの場所だったのであまり発展もしなかったそうだ。
ミストアが神聖国を名乗る頃になると「聖地」あるいは本拠地が必要になり、ならばということで教都がこの地に作られた。
もともとあまり発展していた都市ではなかったので、最初から神聖教の教都として大規模な再開発をやったという。
普通の宗教なら聖地には権威の象徴としてでかい神殿を建てたりするんだけど、神聖教は清貧とまでは言わずとも華美で壮大な建物や儀式を良しとしない風潮がある。
住環境に金を使うくらいならその分奉仕に回せということで、教都にある施設は権威主義的なものはほとんどないそうだ。
「中央教会があると聞いたけど」
「そういう名称というだけで、ごく普通の教会でございます。
もっとも叙階などの儀式を行うために規模は大きく設備は整っておりますが」
なるほど。
色々勘違いしていたみたい。
私の前世の人の記憶では、大きな宗教って大抵もの凄く豪華ででかい建物を建てるのよね。
それどころか巨大な像やシンボルとなるモニュメントを作ったりする。
でも神聖教って宗教の皮を被った奉仕団体だからね。
私が育った孤児院の隣にあった教会だって大きいけど素朴で質素な建物だった。
「でも御用船は豪華だったわよね」
「対外的にはある程度の威厳や権威を示す必要がございますので。
トップが粗末な馬車や船で他国を訪問すると侮られます」
そういう理屈か。
「教都はいいの?」
「訪問される方にはこれぞミストアでございます、と示すことになります。
自国内で華美を示す必要はございません」
そういうものですか。
まあどうでもいいので、退屈しのぎにロメルテシア様とおしゃべりして過ごした。
ロメルテシア様は博識なんてもんじゃなかった。
何を聞いても瞬時に返ってくる。
どこまでチートなんだ。
メロディも大概だけど、この人こそメインヒロインなんじゃない?
「……私はマリアンヌ様の参謀でございますれば」
ロメルテシア様がちょっと真面目な口調で言った。
「参謀のお役目は主君に情報を提供し、質問に答えてご判断をお助けすることでございます。
あくまで陰の存在かと」
そうなのか。
「メロディは?」
「あの方は『将軍』でございますね」
淡々とおっしゃるロメルテシア様。
「カリスマ、決断力、行動力。
およそトップに立つ者として最高の資質を備えていらっしゃいますが、ご自分が方向を決めて突き進むタイプではございません。
主君の元でこそ力を発揮されます」
おい。
何で勝手に人の役割決めてるのよ。
ていうか私は主君なんかじゃないし、方向なんか決めてないって。
むしろ私こそが流されて担ぎ上げられて、どこか知らない所に運ばれて行っている最中なのに。
反論しかけて止めた。
何言ってもこの人たちは納得してくれないだろうなあ。
結局の所、担ぐ神輿が欲しいだけなんだよね。
ちょうど良いところにちょうど良い神輿がいたから担いだだけで。
担ぎやすい属性を色々と備えていたのも拙かった。
メロディ、私の存在が奇跡だと言っていたからなあ。
これほど都合がいい神輿は他にはなかろう。
「そろそろご準備願います」
ロメルテシアに言われてはっと気づくと目の前に立派な門があった。
慌ててお皿やコップを戸棚に仕舞う。
馬車が停まると周りを他の馬車に囲まれていた。
「最後の機会でございます」
さいですか。
そそくさと馬車を降りて、一見普通の馬車だけどそれ専用らしい大型の車両に乗り込む。
既に先客が何人かいて私に気づくと順番を譲ってくれた。
女性が「する」って大変なのよね。
そそくさと引き上げて私の馬車に戻ろうとしたら隣の馬車に引き釣り込まれた。
「点検でございます」
容赦ないなおい。
幸いにして私の衣装は姫君用のドレスじゃなくてローブなので、チェックはすぐに終わった。
王女様方って大変そう。
自分の馬車に戻ってもなかなか動き出さなかった。
後続の人たちが手間取っているそうだ。
それはそうだよ。
姫君が大量にいるんだし。
渋滞に巻き込まれなくて良かった。




