322.玉座
着替えてゾロゾロと馬車に向かう。
ここまで乗ってきたのと違っていかにも都市内部で使うことを想定した華奢で華麗な装飾付きの馬車ばかりだった。
パレード用か。
特に私が乗せられる馬車は無蓋どころかフラットで広い車体の中央に豪華な玉座が添えられているという途方も無いものだった。
戴冠用かよ!
「これは?」
「巫女の就任のための特別仕様でございます」
さいですか。
ちなみに教皇とかも就任時にはパレードはするらしいんだけど、もっと簡素で庶民的な馬車が使われるそうだ。
奉仕を目的とする宗教の指導者だものね。
何で私だけこんなに派手なの?
「巫女は象徴でございます。
我らを導かれるお立場ですので」
ロメルテシア様がしれっと言い訳した。
もうどうにでもしてくれ。
そのロメルテシア様は私に同行というか、馬車の馭者をしてくれるらしい。
なのでいつもの使徒衣装ではなく、いかにも神官らしい質素なローブ姿だった。
いいなあ。
ところで王女様方は豪華というか見栄え重視のドレスだったけど、私はミストアの巫女の正装だ。
ローブではあるんだけど、何というかもの凄く上品で高貴な雰囲気の衣装なのよね。
色が凄い。
だって金を散りばめた薄紫のグラデーションなのよ。
こんなどっから持ってきたのよ!
「謁見用の巫女衣装でございます」
「巫女ってこんな派手なの着て謁見させられるの?」
「ご安心を。
謁見自体、それほど多くはございません」
いやそういうことを言ってるんじゃなくて。
焦って聞いてみたら、これは公的行事のためのものだそうだ。
普段はもっとラフな衣装で過ごしていいらしい。
それはそうだよ。
こんなの着て生活出来るか!
「こちらへ」
パレード用という馬車に乗せられる。
玉座は大きくて、小柄な私なら3人くらい並んで座れそうだった。
背もたれも高い。
「落ち着かない」
「ご辛抱願います」
ミストアってこういう所はスパルタなのよね。
まあいいけど。
座って待っていたら馬車の上に天幕が張られた。
「日よけでございます。
入都する前には外します」
それは助かる。
快晴で日差しが強いんだよね。
私は別に気にしないんだけど、貴顕は日焼けを嫌がるからなあ。
本人というよりはお付きの人たちがだけど。
「そちらの引き出しに軽食が用意してございますので、ご自由に」
「それは助かる」
飯抜きかと思っていた。
パレードだとトイレ休憩なんか無理だろうし。
「入都前に」
「判った」
無蓋馬車だからトイレを設置するわけにはいかないんだろうな。
大型の長距離馬車にはそういう設備付きのものもあるんだけど。
目立たないように作られた戸棚を開けてみたらサンドイッチやお茶などが入っていた。
食い放題らしい。
でもここで大量に喰ってしまったらパレードが辛くなりそう。
ということで腹五分程度に収めることにする。
天幕の日除けを降ろして外部の目を遮断すると、私は早速食事にとりかかった。
「出発します」
馭者席についたロメルテシア様が言って馬車が動き出す。
「もう馭者やるの?」
「私がその栄誉を他に譲るとお思いですか?」
いや。
こっちを向いたロメルテシア様の目が怖かったから何も言わないことにする。
馬車隊は順調に進んだ。
「あとどれくらいかかりそう?」
「1時間程度でございます」
そんなにゆっくりもしていられないか。
とは言え私のやることは何もない。
でかい玉座に坐っているだけだ。
退屈なので天幕の日除けを上げて前方が見えるようにする。
前方には既に街並みが広がっていた。




