321.本拠地
とはいえ、私がやることはほとんどない。
全部周りがやってくれる。
ドレスは少しラフな物が用意されていた。
どうせ教都に入る前に着替えるのでいいのだそうだ。
そのまま宿舎を出て馬車へ。
専任侍女と専任メイドが一緒に乗り込んで来た。
「いいの?」
「万一の場合は楯になります」
「私共にお任せ下さい」
そうか、最終防衛線か。
ほぼあり得ないけど私に凶刃が迫った時、身をもって防ぐ役だ。
「ないと思うけど」
「それでもでございます」
「パレードにはご一緒出来ませんが」
そういえば教都では剥き出しの無蓋馬車に乗せられるんだった。
まあいい。
それで殺られるのなら私もそこまでだったということだ。
死に際に「……何としても神聖軍事同盟の設立を」とか言えば格好がつくだろうし。
いやその場合、遺言を聞いてくれる人がいないと無駄になってしまわない?
そこのところは誰かに相談しないと。
馬車隊は順調に進んでいた。
途中でいくつかの街を通過したんだけど、道の両側に群衆が集まっていて拍手したり叫んだりしていた。
噂が広まっているというか、広めているというか。
「広めているのでございましょう」
専任侍女が教えてくれた。
「巫女が就任するって?」
「だけでなしに、おそらく神聖軍事同盟の事も。
マリアンヌ様がこの大陸を救うために降臨されたと」
「まさか」
何か私、どんどん偶像化というかむしろ神格化されていってない?
「メイド仲間でも噂になっています」
専任メイドが嬉しそうに言った。
「マリアンヌ様は比類無き武勇の持ち主で、不埒な真似をした卑劣漢を一刀のもとに斬り捨てられたと」
「雌虎の二つ名も知られております。
新しい巫女様は戦乙女であられると」
「それでいて若く美しく、気さくでお優しいと評判で」
何言ってやがるのよこの女たちは!
ていうか本当にそんな噂が広まっていると?
「雌虎はともかく気さくでお優しいってどこから」
「お気づきになられませんか?
殿下はこれまで、お世話をさせて頂いた下々の者共に対してただの一度も声を荒げたり無体な真似をしたことがございませんでしょう」
「それどころかちょっとした事にもお声がけしたりお礼を言われたりされます。
まさに黄金の心根でございます」
さいですか。
だって私、前世は女子高生だったし育ちは孤児だし、メイドや下僕の皆さんから見ても対等以下という気持ちが抜けないのよね。
貴族や王族の下々に対する態度なんか知らないし。
平民同士のつもりで付き合っていたらそういう解釈になるのか。
まあいいけど。
馬車隊は昼前に止まった。
小高い丘を越えると前方に広く街並みが広がっていた。
あれが教都か。
そんなに大都市じゃなさそう。
ミストアの名目上の首都ではあるけど、むしろ神聖教の本拠地というだけで主要な官庁なんかはないそうだ。
住民は神官と神殿に仕える使用人が大半で、残りの人たちも何らかの形で神聖教に関わっているとか。
こんなところに諜報員を送り込むのは大変だろうなあ。
こっちを狙っている他大陸の手先の苦労が忍ばれる。
いや忍んだらイカンか。
馬車が円陣を組んで内側に素早く天幕が立てられる。
私を含めた貴顕の方々が追い込まれてそこで着替えだ。
王女様方は一部を除いてはお一人で着替え出来ないのでメイドさんたちもわらわらと。
私やメロディにも人がついた。
こんな所を狙われたら一発なのでは。
「その時には我らが」
専任メイド、殉教したそうな表情は止めて(泣)。




