318.マナー
「それで王女としての礼儀を覚えたと?」
「いやあ、そんな気はなかったんだが。
実を言えば礼儀については家庭教師に頼っていない。
前世の人が乙女ゲーム好き、というよりはそればっかりやっていたみたいで、無駄に悪役令嬢の礼儀を覚えていたんだ」
「ああ」
「もちろん家庭教師からは『それはシルデリアの礼儀ではございません』と言われたけどな。
でもマリアンヌにも覚えがあるだろ」
そう。
淑女や姫君の礼儀って段階がある。
下位貴族と高位貴族とでは内容が違うし、王族にはまた別の基準がある。
私も公爵として基本を学ばされたけれど、こういうのって高位になればなるほど定型がなくなるのよ。
なぜかというと国際的になるから。
下位貴族の礼儀って、極端に言えば「自分より高位の貴族や王族に失礼にならないように動く」だけだ。
逆に自分より下、平民や騎士爵などにはそれなりの対応をする。
同身分同士ではざっくばらんに。
相手が自分と同格か下の身分だったら、ある意味適当でいい。
自分より上ならあくまで受け身でいることになる。
防御型というのかな。
目を付けられないように大人しくしているというか、むしろ気配を消して忍ぶのが正解だ。
伯爵以上の高位貴族になると、直接王家やより高位の貴族と相対する状況が多いだけに「型」が重要になる。
お辞儀の角度とか礼のやり方とかね。
私も教え込まれたけど一口で礼と言っても色々あるのよ。
高位貴族と王家の者で違うし、相手が殿方と淑女や姫君でも違う。
それどころか状況によっても違ってくる。
個人的な場と舞踏会ではやり方が違ったりして。
それがスムーズに出来るようになって初めて貴族として認められるわけ。
大変だったよ(泣)。
ところが。
王家とか公爵家、あるいは大公辺りになるとまた違ってくる。
辺境伯もまた別なんだけど、それは置いといて。
よその国の貴顕と相対する場合、国ごとに礼儀が違ったりするのがむしろ当たり前だ。
お辞儀ひとつでも手の位置や視線で意味が変わってきたりする。
もちろん、予め相手の国の礼儀を調べて対処すればいいんだけど、不特定多数の相手と一度に会ったりするともう駄目だ。
そんなことできっこない。
「メロディは最初から出来たと」
「いや。
下位貴族用の礼儀は一応は覚える必要があったがな。
私にはあまり関係なかった。
でも悪役令嬢って大抵は高位貴族か王族だろう。
その礼儀なら」
「なるほど」
そう、一番上の身分の礼儀って型にハマらないのが特徴なのよね。
無手勝流というか。
だって相手がどんな礼儀が正しいと思っているのか判らないんだから。
なので基本的な「型」をベースにして、後は失礼にならないように細心の注意を払うとか、優雅で気品に満ちた動作とか、姿勢の美しさとかに気をつければいい。
「それが出来たと」
「家庭教師は『異国風ですが礼儀については何も言うことはありません』と」
さぞかし驚いただろうなあ。
だって地方都市で平民の子女やってるメロディが、何も教えてないのに王族の礼儀を最初から出来たんだし。
神童疑惑ってそこから始まったのかも。
「マリアンヌはどうだった?」
メロディが聞いてきた。
「私はあまり乙女ゲームには詳しくないから。
興味もなかったし」
そもそも私、礼儀どころか成人年齢になるまで字も書けなかったんだよ。
生き残りに必死で他の事を考えている暇なんかなかった。
「その状況からわずか数年でここまでになられたのですね」
ロメルテシア様のいつもの褒め殺しが始まった。
「まことマリアンヌ様は素晴らしい。
このロメルテシア」
何か最近、ロメルテシア様も専任メイドや専任侍女に似てきているような気がする。
勘弁して。
「まあ、これからは自由にやれるしな」
メロディが肩を竦めた。
「各国の国王相手にざっくばらんというわけにもいくまいが、最低限の礼儀を守っていれば問題はなかろう」
「だといいけど」
それより気になる事がある。
「これまでの巫女ってどういう態度、いえ礼儀だったんでしょうか」
ロメルテシア様に聞いてみた。
どうも私、ミストアの教都に着いたら神託宮とやらで暮らすことになりそうなんだけど。
周り中みんな神官なのよね。
「どう、とは?」
「巫女の礼儀ってあるのかとか」
「特に記録にはございませんね」
ロメルテシア様は全然気にしていないみたいだった。
「初代巫女様は当時の下位貴族の令嬢でございましたが早い内から民衆に加わり、救世のお働きをなさっておられたとか。
当然、平民には平民の、貴族には貴族の礼儀を持って対処したでございましょう」
「二代目以降は?」
「色々な階層出身の巫女がおられましたが、基本的には前世の方の礼儀というか態度で過ごされたようでございます。
もちろん」
ロメルテシア様が苦笑した。
「公の場では巫女らしい礼儀を持って過ごされたと」
巫女らしい礼儀って何よ。
そこが知りたいんだけど。




