317.備蓄
それでもミストアが積極的に前線に立つ事はないということだった。
初代巫女の教えに背くことになるから。
その代わりに資金面では全面的に支援する。
「凄いものだぞミストアの備蓄は」
メロディが呆れたように言った。
「何せ千年かけている。
途中で何度か積み立てを崩すことはあったらしいが使い切るところまでは行っていない」
「資金の大半は投資に回しております。
百年前の巫女の時代にかかった費用はその利息だけでお釣りがきたそうでございます」
凄いなあ。
どことも戦争もしないで中立を貫き、更にあらゆる国から敬意と信頼を勝ち取ってきた国なのよね。
普通だったらとっくに大陸の覇者になっているところだけど、初代巫女の教理に従ってそういう野心は一切持たないとか。
それがまた各国からの信頼に繋がっていると。
「運命的なものを感じるな」
メロディが呟いた。
「何が?」
「この時代にマリアンヌがいてミストアがあることにだ。
どっちが欠けていてもおそらく今回の危機には対処出来なかっただろう。
大陸中の国をまとめることが出来る象徴とそれを支えられる組織。
資金面はもちろん、支援体制も充実している。
こんなに都合が良い状態があっていいものかと疑うほどだ」
やっぱり何か陰謀論的な話になるのかなあ。
でも私に言わせればメロディ、アンタも重要な要素なんだけど。
私には大陸中の国をまとめて防衛計画を立てるような才覚はないものね。
しかもメロディ自身、隠してはいるけどミストアの巫女だ。
これほど使い勝手がいい参謀が用意されていることにこそ、陰謀論を感じる。
ひょっとして、やっぱりこの世界って誰かの箱庭だったりするんだろうか。
私らは自由意志を持ったNPCとか?
まあいいや。
考えても判らない事は考えない。
そんな余裕はないものね。
それから私たちはロメルテシア様からミストアの教都や中央教会について色々と教えてもらいながら過ごした。
とはいえ、ロメルテシア様ご自身もそんなには詳しくは知らないとのことだった。
「私も箱入りと言えばそうでございますので。
正直言いまして、教都の道を歩いたことも数えるほどでございます」
「そうなんだ」
ロメルテシア様はテレジアに例えると王族か公爵家の姫君らしいから判るけど。
私は逆に貧民街や平民の暮らしは知っていても王都についてはほとんど知らない。
ミルガスト伯爵家のタウンハウスと学院の間を往復していただけで。
そういえば貴族街すら知らないのよね。
ミルガスト家の育預にされてからは自分の足で道を歩くことすらなくなってしまったし。
「その点、メロディは経験豊富で羨ましい」
「本当に。
地方都市で育てられて王都で学院に通われたのですのね?」
言われたメロディは苦笑した。
「地方都市というか、私の両親が一から作った街だった。
町長や警備隊長から下働きに至るまで全員が両親の家臣やその配下で」
「そうなの」
極端な。
「それってシルデリアの教育方針?」
「違う。
私の両親が親族や周囲の意に沿わない結婚をしたということは話しただろう」
そういえばそんな話を聞いたような。
「政略的に意味がない結婚だったとか?」
「逆だ。
意味がありすぎてシルデリアどころか連合国家そのものの政治的バランスを崩しかねない婚姻だったらしい。
それでも両親が結ばれるだけだったらまだ良かったんだが」
「それだけじゃなかった?」
「私が生まれてしまってな」
自嘲するように言う姫君。
「何が駄目だったの?」
「ある意味、マリアンヌと似ている。
色々な王家の王位継承権が私に集中してしまった。
一人で十以上の王家の後継になりかねないんだぞ。
存在そのものがあまりにも危険過ぎるということで、私の両親は早々に自分たちの臣下を引き連れて王宮を離れて地方に独立した街を作ったわけだ」
ああ、そういうことか。
シルデリアの王宮に留まっていたら暗殺とか誘拐とか危険が危なすぎるということね。
メロディの両親は成人しているからある程度は自分で自分を守れるけど、赤ん坊なんか無力そのものだ。
「だからメロディはその街で育ったと」
「ああ。
徹底した擬装のせいで、私は成人年齢になって王都に向けて出発するまで自分が平民だと信じていたくらいだ。
そのきっかけは父上がシルデリアの王太子に就任したことなのだが」
「そんなこと出来るの!」
無理じゃない?
王女の中の王女と言っていいメロディが成人するまで平民として過ごしたって。
いや、平民暮らしは出来ないことはないよ?
でもそうしたら王族としての知識や礼儀なんか身につくはずがないのでは。
「いや、私も変だとは思っていたんだけどな」
メロディが頭を掻いた。
「幼児の頃から母親の知り合いだとかいうおじさんやおばさんが毎日色々教えてくれて。
私もその頃は乙女ゲームに転生したと思い込んでいたから、色々調べるのに便利ということで頼ってしまって」
やっぱりメロディって完璧なようでどっか抜けている。
真のヒロインなのでは。




