314.夢
晩餐会は夜半には終わってくれた。
私を含めた各国の貴顕に船旅の疲れが見えたことと、明日には教都に向けて旅立つんだから早めに休みたいという希望が多かったかららしい。
私も助かった。
別館に戻ると私はお風呂に入るのも省略してベッドに飛び込んだ。
おやすみなさい。
珍しく変な夢を見たんだけど、起きたら忘れていた。
嫌な気分になってないから、そんなに酷い夢じゃなかったらしい。
私はあんまり夢って見ない。
現実だけで精一杯で夢幻の世界で何かする余裕がないし。
たまに見る夢はなぜか私の前世の人が普通に生活している状況で、私は前世の人になって学校に行ったりゲームセンターとやらで遊んだりしている。
ちなみに勉強している所は一度も見ていない。
学校では数少ない友人とお話するんだけど、私にはよく判らない事をずっと話しているから退屈だったりして。
そう、私は私の前世の人の記憶を全部受け継いでいるわけではないみたいなのよね。
特に個人情報に関係する情報はごっそり抜けている。
だから学校はともかく自宅とか家族とかはまったく出てこなかったりして。
今思うと、それで助かったのかもしれない。
孤児院で育つ間、私は家族について興味も関心もなかったのよね。
ついでに友情とか親愛とかの感情も希薄だった。
男女間のそれは特に。
「情」が判らないわけではないけど、何となく他人事みたいに思っていたりして。
それは多分、捨てられたと思っていた私の防衛反応だったのかも。
そういうことに気づいたのは男爵家に引き取られて周りの状況がある程度色々判ってきてからで、それまではたんなる生存機能しかない動物だったような?
今思うと黒歴史だなあ(泣)。
まあいいけど。
それがあったから私は強くなったんだし。
でも未だに家族愛とか、それ以上に恋愛とかよく判らないのよね。
恋とかも意味不明だ。
起き抜けにお風呂に放り込まれて全身を洗われ、髪を乾かしながら豪華な朝食を摂る。
何てったって公爵にされて一番良かったのがこれよね。
美味しいものを無制限に食べられるって素晴らしい。
「それは殿下が太らない体質だからで」
専任侍女が感情の籠もっていない発言をかましてきたけど無視。
でも実際、私って何をいくら食べても体重も身長も胸も変わらないのよね。
男爵家では孤児院時代よりいいもの食べていたせいでちょっとは成長したと思ったけど、学院に進学すると完全に固定されてしまった。
もう一生このままかもしれない。
「殿下はそれてよろしいのでございます」
専任メイドって全肯定してくるからかえって信用ならない。
「それでは」
ということで私たちは宿舎を出た。
乗せられた馬車は昨日のと違って屋根付きだった。
それはそうだよ(泣)。
豪華ではあるけど、それより頑丈で耐久性に優れた車体みたいだった。
緩衝装置があるらしくて揺れない。
「これはいい馬車ね」
「貴顕用の長距離専用馬車とのことでございます」
今回もロメルテシア様が同乗だ。
馭者じゃなくて乗客だけど。
専任メイドと専任侍女もいる。
4人乗っても結構空きがあるくらい広々としていて、ミストアってお金持ちなんだろうな。
「これ、高いんじゃ」
「普段は教皇猊下や枢機卿の行幸に使う馬車とのことでございます」
さいですか。
まあ、巫女だからね。
いくら象徴とはいえ、国内最高位身分なんだからいいのか。
ていうかミストアって徹底しているなあ。
巫女と認めたら他国の人間であろうが身分がどうだろうが関係なさそう。
今回はたまたま私がテレジアの公爵だったんだけど、平民いや貧民でも同じ事だっただろう。
そういう風土を千年かけて作り上げてきたって凄い。
そう言ったらロメルテシア様は微笑んで「ありがとうございます」と返してきた。
「ですが、それは全て初代から続く巫女様のご意思でございます。
その志こそが尊いもので」
うーん。
これまでにも巫女は何人もいたらしいけど、聞いてみたら誰一人として贅沢したり華美に走ったりはしなかったそうだ。
判る気はするけど。
私の前世の人って女子高生だったらしいけど、それって庶民なのよ。
こちらの世界に比べたら文明が発達しているせいで、こっちと比較したらもの凄い贅沢に見える生活をしていたらしいんだけど、それは庶民としての暮らしなのよね。
その世界のお金持ちって桁が違ったみたいだから。
王侯貴族的な生活は生まれた時からやってないと身につかないというか、むしろ適応できないのでは。
私だって前世があるのに孤児から男爵家の令嬢にされてもなかなか貧乏性が抜けなかったくらいで。
公爵にされたらさすがに贅沢に慣れてしまったけど、自分から何か望んだことはないしなあ。
身の丈に合った生活しか出来ないってことよね。
ぼんやりしている間にも馬車は進んで、気がついたら前方や周囲に山が迫っていた。
上り坂らしくて速度も落ちているような。
「山越えとかするの?」
「高度は上がります。
でもそんなに急な坂はございません」
そういえばさっきまでは港町にいたのよね。
つまり海の側で海抜は低い。
教都がどこにあるのか知らないけど少なくともこの辺よりは高い土地にあるはずだ。
「教都って河とか通ってないの?」
聞いてみた。
歴史の講義で習ったんだけど、大きな街というか都市は大抵の場合、大河のそばに出来る。
なぜかというと物資の輸送が簡単だから。
都市って大人口を抱える上に食料生産には向かないから、どうしても食料は輸入というかどっかから運んでくることになる。
川や海がなかったら馬車でえっちらおっちら運んでくるしかないんだけど、非現実的だ。
だから逆に言えば水の側にしか大都市は発達しない。
「ございます。
ただ、その河はこちらとは別の港に通じておりまして」




