312.パレード
「そもそも、誘拐された時点で王家や公爵家の姫君は自害します。
そういう教育を受けておられます」
「……私はそんな教育受けてないけど」
「殿下は淑女ではなく公爵でございますので。
傷物などあり得ません。
よしんば誘拐されても自力で噛み破って戻って来そうですし」
何だよその評価。
ていうか私って姫君とか淑女とかには分類されてないのか。
知ってたけど(泣)。
「そろそろ入港でございます」
言われて見たら陸地が随分近づいている。
甲板にいると水兵さんたちの邪魔になるということで、私達は客室に戻った。
「あれどれくらい?」
「よく知りませんが、通関手続きなどがございますので当分はこのまま待機かと」
そうなの。
ならばということで私は軽食を持ってきてもらってまったりした。
誰も訪ねてこなかった。
メロディやロメルテシア様も何か用があるんだろうな。
王女様方もご自分の部屋に引きこもっているらしい。
でも人数が多いので、王女様方って相部屋なのよね。
いくらミストアの御用船といってもそんなに大量の客室があるわけじゃない。
王女様方のお部屋はせいぜい普通の貴族用だろう。
運が悪ければ随行員用のお部屋に押し込められているかもしれない。
あまりにも失礼ではないかと思ったんだけど、王女様方はむしろ初めての経験に大はしゃぎしているそうだ。
だって他の人と一緒の部屋で過ごすとか王家の姫君にとってはあり得ない事態だものね。
寝物語とか枕投げとかしたんだろうか。
「さすがにそこまでは。
そもそも大半の姫君は船酔いで寝込んでおられたそうで」
そうか。
居間に屯っていた王女様たちって、寝込んでいる相部屋の姫君の邪魔にならないように逃げていたのかも。
まあいい。
何もすることがないと退屈だ。
貧乏性の私は専任侍女や専任メイド、そして私につけられたミストア神聖教の神官などを相手にお話して過ごした。
雑談なんだけどミストア語縛りで。
会話の練習はいくらやってもこれで終わりということはないものね。
驚いたというかやはりと言うか、専任侍女や専任メイドもミストア語をそれなりにマスターしていた。
どうやって?
「殿下の赴くところへは万難を排してでも従わせて頂きます」
「今後、殿下がミストアに居城をお移しになるのでしたら私共も当然」
暇を見つけては習っていたそうだ。
何というか。
そこまでする情熱が理解不能なんだけど。
「何をおっしゃいます」
「殿下こそ太陽でございます」
駄目だ。
もう宗教、いや信仰になっているのでは。
あ、ミストア神聖教は宗教だった。
果てしなく無意味な雑談を続けているうちに知らない神官さんが呼びに来た。
「準備が整ってございます」
「わかった」
これは神官さんと近衛騎士の会話ね。
私達は知らないふりをする。
身分からして聞こえなかったことになるのよ。
「それでは」
伝言を受けた専任侍女の指示でみんなが一斉に立ち上がった。
専任侍女の権限って凄い(汗)。
ゾロゾロ人を引き連れて甲板に出たら人でいっぱいだった。
同乗していたミストア神聖教の神官さんたちが跪き、その後ろに乗組員の方達が整列している。
「巫女マリアンヌ聖下が退船されます」
誰かが叫んで、甲板にいる人達が一斉に姿勢を正した。
そうか、それでか。
私はテレジア王国の公爵としてではなく、ミストア神聖教の巫女として上陸するらしい。
つまりここにいる人達どころかミストア全体で一番身分? が高いと。
ならばせいぜい演じてやろうではないか。
こういうのは得意だったりして。
私を中心とした集団が粛々と甲板を横切り、埠頭に渡された仮橋を通ってミストア神聖国に上陸すると歓声が上がった。
「マリアンヌ聖下万歳!」
「聖下にご多幸のあらんことを!」
「万歳!」
群集心理かよ。
どうなってるのか聞きたかったけどロメルテシア様がそばにいないのでいかんともしがたい。
私はそのまま進んで突き当たりに待機していた豪華な馬車に乗り込んだ。
ていうか豪華ではあるんだけど屋根がない?
無蓋馬車かよ!
「これって」
「パレードを行います。
よろしくお願いします」
今までどこにいたのか姿が見えなかったロメルテシア様が一緒に乗り込んで来た。
つきあってくれるらしい。
「私は巫女の隷でございます。
常にお側に控えるのは当然。
何かお聞きになりたいのでしたら」
「それは助かる」
五里霧中であることは確かだしね。
でも一緒にパレードするのか。
麗しすぎる姫君が一緒だと私の方がお付きに見えてしまうのでは?
「そのようなことはあり得ません」
ロメルテシア様は真面目におっしゃった。
「マリアンヌ様こそ巫女。
その御髪が証明しております」
「え?
だって巫女はヅラも有りって」
「その桃髪をお持ちでない場合、公の場ではヅラが必要になるということでございます。
巫女は桃髪と決まっております」




