305.メイド
やっぱりか。
ロメルテシア様は戦略家だからね。
ミストアのネットワークを使えば大抵の情報は手に入るだろうし。
エリザベスは学院に入った頃から私に近かったから当然、チェックされていたんだろう。
恐ろしい世界ね。
私なんかがのこのこ歩いて良い場所じゃない。
「それで雇われたと?」
「今のところは業者扱いだけど」
ニヤリと笑う陰謀家。
しょうがない。
「判りました。
エリザベス・カリーネン男爵令嬢。
貴方を私の専属として任用します」
「ありがたき幸せ」
大げさに礼をとるエリザベス。
この人もただ者じゃないなあ。
「それで?
どんな役職がいい?」
侍女というところか。
そう言ったら断られた。
「私は表には出ない方がいいと思う。
本質は商人だからね。
メイドでいいわよ」
「でもそれだと私のそばにいる名目が立たないのでは」
専任メイドの顔を潰すことになるかも。
「そうねえ。
なら公爵家じゃなくてマリアンヌ個人の小間使いということで。
身分が低くて侍女になれないからそういう立場でいる、と周知して貰えれば助かる」
それでいいのか。
ああ、そうか。
下手に侍女とかになってしまったら宮廷規範に縛られる。
メイドは平民枠で雇われていて貴族から見たら視界に入らないから隠密には持ってこいだ。
でも。
「いいの?」
男爵令嬢、しかも富豪の娘なのに周りから下に見られるのよ。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説だと身分や立場が低いというだけで色々と迫害を受けたりしていたし。
「大丈夫。
そもそも高位貴族ってそういう立場の側付きが必ずいると言ってもいいのよね。
身分は平民や下位貴族だけど当主の腹心とか」
「ああ、なるほど」
そういうことか。
つまり「懐刀」ね。
身分も立場もないも同然だけど、ダイレクトに貴族家当主と繋がっていて、裏で色々動いたりする。
「判った。
専任侍女に言って何か適当な役職を作って貰うから」
「よろしく。
何かあったらすぐに呼んでね」
さっさと立ち去るエリザベス。
さすが。
私が忙しいことも判っているんだろうな。
ということで私は専任侍女に来て貰って相談した。
「エリザベス様ですね。
判りました。
職務から言えば侍女に近いと思いますが、それは専任メイドが担当しておりますので殿下のお世話係として配置させて頂きます」
すらすらと述べる専任侍女。
出来る。
なんでこんなに有能なんだ。
ん?
「侍女ってメイドなの?」
「職務分類上は使用人ですので。
ただ貴族籍が必要になりますので分けているだけです。
もっともかなり曖昧で」
面白そうなので説明して貰った。
侍女とメイドって別物だと思っていたけど、実際には両方とも貴族家に雇われた使用人だ。
しかし侍女は時として主人の代理をしたり独自で動いたりするので平民には務まらない。
というよりは身分からして認められない。
表舞台で動くためには貴族籍が必要ということね。
私達がいわゆる「メイド」として認識している使用人がほぼ平民なのはこのせいもある。
貴族からみて存在を認識されない、されなくてもいい立場で裏方を務めるそうだ。
だから、例えば訪問者があったときにメイドが正式に出迎えたりは出来ない。
せいぜい取り次ぎだ。
侍女ならそれが出来るんだけど。
ちなみに貴族籍があっても侍女じゃなくてメイドとして雇われることもあって、グレースなんかそれね。
平民枠で雇用されるわけ。
侍女はメイドと違って表舞台に立つための教養や知識、礼儀が必要になるから、貴族籍があってもそういうのが心許ない場合はメイドになる。
逆に平民は侍女になれない。
知識や教養はともかく身分が必要だから。
「じゃあ専任メイドって」
「名目上はメイドですが、一種の侍女でございます。
主人の一切の身の回りのお世話統括担当です」




