303.令嬢
「ああ、やっと力が出た。
喰っている暇なかったからな」
「そういえばメロディ、昨日は何してたの?」
私とロメルテシア様の観光というか視察には同行しなかったのよね。
海軍基地なんかメロディ、好きそうなのに。
「野暮用があってな。
人と会っていた。
というか報告を受けていたというか」
「報告?」
「ああ。
紹介したいんだが、ここに呼んでいいか?」
ちらっと専任侍女を見たら頷いてくれたので許可を出す。
根回しは済んでいるらしい。
ややあってその客とやらが入って来た。
美少女だった。
またかよ!
こういうところだけ乙女ゲーム、というよりはもうギャルゲーだったりして。
それもハーレムもの臭い。
しかも百合物。
どこまで脱線するんだろう。
美少女はおずおずと近寄って来ると深く礼をとった。
「紹介する。
シルデリアのラミレーラ伯爵家令嬢のシアンだ」
「シアンでございます。
テレジア公爵殿下にご挨拶申し上げます」
しっかりした声で挨拶するシアン嬢。
伯爵令嬢か。
世間的にみたらそれなりの身分なんだけど、何せ私の周りって王女がゴロゴロいるせいでモブに見えてしまっている。
せいぜい侍女ってところか。
「テレジア公爵マリアンヌよ。
よしなに」
適当に返しておく。
私も慣れたというか放漫になったものだ。
元男爵家子女、というよりは元孤児が偉そうに。
で? と目で聞いたらメロディはシアン嬢を立たせて何とテーブルに着かせた。
いや伯爵令嬢なら王女や公爵と同席しても無礼という程でもないんだけど。
これって凄い厚遇なのでは。
「シアンとはシルデリアの学園で知り合った。
紛れもない天才だ」
「え?
転生者ってこと?」
「いや、前世などはない。
そうではなくて突出しているんだよ。
私たちの前世の世界で言えばレオナルド・ダ・ビンチのようなものだ」
さいですか。
このフワフワのお嬢様がねえ。
私やメロディを含めて今までに会った王女や貴族令嬢たちって全員と言いたいほど強面だったから、こういったタイプは新鮮だ。
ていうか私も誤解していたんだけど、私の前世の人が読んでいた小説に出てくる貴族のお嬢様タイプの人は実際には滅多にいない。
お淑やかで控え目で、というようでは社交界では埋もれてしまったり排斥されかねないのよね。
高位貴族令嬢や寄親の令嬢の取り巻きになるというのも実は無理だ。
それってどっちかというと鑑賞物というよりは使用人だから。
つまり、仕えている令嬢の役に立たない人はすぐに外されてしまう。
そもそも高位貴族令嬢の後ろについてゾロゾロ歩いていたら邪魔でしょうがないでしょう。
淑女といえども生存競争だから、肉食獣しか生き残れない。
まあ、性格的にお淑やかで控え目で、という令嬢もそれなりにいるとは思うんだけど、そういう人たちは正面には出てこない。
社交界というかパーティや舞踏会には必要最低限だけ出て、後は親の言う通りに政略結婚するんだろうね。
それが悪いとは言わない。
どうしてもブリブリ生きたくないという人もいるだろうし。
性格や容姿、あるいは身分や財産の関係で出てこれない人もいるはず。
私だって孤児や男爵家子女のままだったら雌虎でいられたかどうか。
だから私の前に現れる人って基本的には強かで頭が切れて、おまけに美人で身分も高い淑女に限られてしまうのよね。
このシアン様も見かけ通りではないとみた。
思わずじっと見てしまったらシアン様は狼狽して腰が引けていた。
あれ?
「そう虐めるてやるな。
シアンは我々とは違って普通の貴族令嬢なんだぞ」
失礼な。
メロディはともかく私は普通の貴族令嬢、じゃなくて普通の爵位持ち貴族だぞ。
公爵だけど。
「いえ。
失礼致しました」
シアン様は深く息を吸い込むと身体を起こした。
やっぱりただ者じゃないなあ。
メロディと私を前にして伯爵令嬢ごときが簡単に立ち直りすぎる。
「ご無礼を」
「かまわん。
ここは無礼講だ」
メロディ、あんたがここの主人なの?
でも専任メイドも専任侍女も何も言わない。
それどころかシアン様の分のお茶が配膳されたりして。
もちろんメロディの分も。




