302.噂
まあいい。
私の前世の人は理系だったからこういう話は大好物なんだけど、私自身はあんまり興味ないからなあ。
出来るか出来ないかが判ればいいのよ。
訓練施設や兵舎、兵器の格納庫なども見学させて頂き、海軍基地本部の建物の前でペリオール提督と別れた。
気持ちのいい美男だった。
「マリアンヌ様、感嘆のあまり言葉もございません」
帰りの馬車の中でロメルテシア様が唐突に言い出した。
「何でしょうか」
「御身の素晴らしさでざいます。
あのような高位の軍人のおっしゃる事をすべて理解し、それどころか対等に議論されておられた。
巫女という存在の凄さを改めて思い知りました」
あー、ロメルテシア様ずっと黙っていたのはそれか。
軍事の話についていけなかったんだろうね。
でもあれって巫女はあんまり関係ない気がする。
私の前世の人、何気に冒険小説のファンだったらしくて、しかも特に好きだったのが中世から近世にかけての海洋小説だったのよ。
ナポレオン戦争とかあの辺。
それってテレジアを含めた大陸の各国が今直面している状況に結構似ているから、私は小説に当てはめて理解していたんだけど。
現役の海軍軍人、それも提督級の高位軍人と対等に話しているように見えてしまったんだろうな。
でも私なんか付け焼き刃だから。
ていうか本当の戦略とか作戦なんか全然判らないからね。
相手が話すことが理解出来ればいいのよ。
と思ったけど判って貰えそうになかったので曖昧に微笑んでおいた。
こういうのってメロディならもっと上手くやるだろうな。
その夜、宿舎の会場で懇親会というか何だか判らないパーティが開かれた。
主催はテレジア公爵を初めとした各国の貴顕で、招かれた(という建前で集まった)のは各国の大使や公使、それに派遣艦隊の提督や艦長たちだ。
もちろん私たちの周りは護衛で固めてある。
それどころか宿舎の周りは大量の海軍兵士が巡回していたりして。
ペリオール提督も私についてくれた。
もっとも人数が多すぎて挨拶するのが精一杯だったから面倒な会話はせずに済んだけど。
各国の大使の人たちはわらわらいる王女様たちの謁見で飛び回っていた。
コネこそすべての世界だから、この機会にちょっとでいいから言葉を交わしたいらしい。
一度も会ったことがないのと、一度でも言葉を交わしたことがあるのとでは外交官のとしての価値に天地の差があるものね。
もちろん私の所にも来たけど、大半は既に離宮で知己を得ている人たちだから素っ気ないの何の。
義理なのか義務なのか、さっと謁見してすぐにいなくなる。
現金な。
「それだけマリアンヌが有名だということだ。
神聖軍事同盟の盟主だぞ?」
メロディがからかってくる。
「まだでしょ」
「既定事項だ。
その大前提を外したらすべてが崩壊する。
安心していろ」
「どこをどう安心すると?」
むしろ心配しかない。
そんなこんなで夜遅くまで続いた懇親会がやっと終わると、私は疲れ切ってお風呂にも入らずに寝てしまった。
翌朝、はっと気づいて飛び起きたら既に窓の外が明るかった。
窓のカーテンが開いている?
「おはようございます」
いつも変わらない専任メイドが天蓋付きベッドのカーテンを開きながら言った。
「おはよう」
「まずは入浴でございます」
有無を言わさずお風呂に放り込まれる。
髪を乾かしながら朝食を摂っていて気がついた。
「出発はどうなったの?」
するといつの間にか控えていた専任侍女が淡々と報告した。
「延期になりました。
護衛上のトラブルが」
議論がまとまらなかったらしい。
こんなんでミストアまで無事にたどり着けるんだろうか。
うんざりしていると訪問の前触れがあった。
「メロディアナ様がお時間を頂きたいと」
「うん?
いいけど」
朝っぱらから何だろうか。
「おはよう」
ずかずかと侵入してきたメロディが勝手に私のテーブルにつく。
そしてやおらにサンドイッチを取り上げるとパクッと食いついた。
「ちょっと!
それ私の」
「ケチケチするな。
足りないのなら追加すればいいだろう」
もっともだ(泣)。
しかしこれで国際的に名をとどろかせたシルデリアの神童だというんだから噂っていい加減なものだ。
私はもっと酷いけど(泣)。




