300.海軍基地
「こちらへ」
案内されたのは倉庫だった。
もの凄く大きい。
私の前世の人の世界では天辺が見えないくらい巨大な建物とかもあって、それに比べたら小さいけどそれでも半端じゃない。
「凄いのね」
「テレジア王国の物流の要ということです。
ここは流通用で備蓄倉庫はまた別のところにあります」
ロメルテシア様、何でそんなに異様に詳しいんだろう。
ちょっと怖かったりして。
「この程度、当たり前というか基本でございますよ?
国家レベルの諜報機関なら、それこそ王家の秘事以外なら大抵は探り出せます」
「そうなの」
「王家はお互いの長所と弱点を知りつつ駆け引きに励むわけでございます。
ミストアも例外ではございません」
ああ、なるほど。
むしろミストアこそが一番それに長けているのかもしれない。
何てったって大陸中の国家に教会があって常に情報収集しているわけで。
噂話を集めるだけでもかなりの情報が集まりそう。
「私の事も前から知ってたんだ」
気になったので聞いてみた。
「神託宮では御身が孤児院にいる頃より把握はしておりました。
ただ他国でもあり、特に疑問点がなかったことから放置していたと」
桃髪というだけではミストアは動かない。
それが巫女の十分条件ではないことが判明している。
かつては桃髪じゃない巫女もいたそうだし。
それに千年掛けて桃髪の遺伝子は結構広まっているらしくて、ミストア国内でも毎年それなりの数が生まれるそうだ。
「そうなんだ」
「桃髪の子供は機会があり次第、神託宮の外部機関が確認します。
まず巫女ではないのですが」
それはそうだよ。
千年掛けて一桁しか出てないんだし。
「でもいちいち使徒が確認しているの?
大変じゃない?」
「使徒が出向くのはほぼ確実というか、それまでの確認を全てクリアした場合だけでございます。
それでも確率は少ないのですが」
マリアンヌ様の場合は私が出向く前からほぼ確定でごさいましたが、と笑顔を見せるミストアの使徒。
どうやって調べたんだろう。
ミストアってひょっとしたら既に世界を支配しているのかもしれない。
少なくとも情報戦では無敵だろうね。
「そういえばロメルテシアの前にミストアの公使さんだったが来たのよね」
「公使が出向く時点でかなり有望と判定されております。
久々の巫女降臨かもしれないということで、神託宮が沸き立っておりました」
遠い目をするロメルテシア様。
色々あった臭い。
もういいや。
その時、ロメルテシア様の「手の者」らしい下僕が現れて何か報告した。
「許可が出ました。
海軍基地の見学が出来ます」
「ならば早速」
港の機能や備蓄倉庫なんかの情報は重要ではあるけど戦術レベルの話なのよね。
神聖軍事同盟で私が関わるのは大陸間戦争における戦略部分だ。
戦力というよりは総合的な国力がものを言う。
つまり個々の事情がどうなっているのかよりはむしろ潜在的な力や方向性が重要。
特に海軍については大まかにでも現状と将来を把握しておかないとすぐに詰む。
「マリアンヌ様」
「何?」
「御身は本当に救世主なのかもしれませんね」
ロメルテシア様の戯れ言を聞き流して馬車に乗り込む。
馬車隊が着いた所はただただ巨大な港湾施設だった。
海を見たら巨大な帆船が何隻も停泊している。
もちろん帆は下ろしているからマストが無数に立っているように見えたりして。
「ロサント第一海軍基地でございます」
第一ってことは第二も第三もあるのか。
やっぱり国家レベルは桁が違う。
大量の荷馬車や軍人さんに作業員の方たちがせわしげに行き交う中を縫って進むとやっとそれっぽい建物が見えて来た。
屋上のポールにテレジアの旗がたっているから司令部なんだろうね。
「少々お待ちを」
言われたけどすぐに通された。
人数を制限されたけど侍女や護衛騎士と一緒に建物の中を進み、着いたところはどうも司令官らしい人の書斎? だった。
いや執務室か。
「ようこそおいでになられた」
初老の軍人が立って迎えてくれた。
なかなかの美男ではないか。
他にも周囲に副官らしい人や御用聞きの士官候補生とかがいたけど無視する。
「お忙しいところを失礼します。
テレジア公爵でございます。
こちらはミストア神聖国のロメルテシア様」
私自ら自己紹介とロメルテシア様の紹介をしたのは、ここが海軍基地の中だからだ。
礼儀の講義で習った。
王国法で定められた身分制度が機能するのは、基本的には公共の場だけなのよね。
お茶会やパーティ、舞踏会なんかも含まれる。
だから私的および特定の場所ではある意味治外法権になる。
海軍基地などもそうで、なぜなら海軍は軍独自の階級制度と命令系統に従って機能しているから。
軍の内部では階級がすべてだ。
元の身分が平民だろうが貴族だろうが、あるいは王族だろうが関係ない。
もっとも軍人でない者については「お客さん」としての立場が保障されるけど、それって何の義務も権利もないから。
いわば好意で存在を許されているだけ。
なので私自ら話したのだけれど。




