295.河下り
「ラントステイ河ね」
「はい。
殿下はご覧になるのは初めてでございましたか」
「河どころか王都に出て来てから港を見たのも初めてよ」
最初にサエラ男爵領から交易商人の馬車に載せて貰って王都に来てから一度も自由に動いたことがない。
ミルガスト家のタウンハウスと学院を往復していただけだ。
後になるとモルズ様のお屋敷とかに行ったけど、あれも馬車で送り迎えされていただけで。
テレジア公爵領には行ったけど、あれは外出というより公務で予定がギチギチに組まれていたし。
自由行動は一切なかった。
今回も自由は無理にしても多少は観光とか出来るかもと期待していたんだけど。
甘かった。
「乗船を歓迎致します」
港に着いたらそのまま船に連れ込まれた。
ミストアの御用船はもの凄く豪華だった。
普段は教皇猊下の行幸とかに使うものなのだそうだ。
ああ、そうか私はもう巫女だった。
叙階のお披露目はこれからだけど、叙階自体は済んでいる。
教皇猊下より階位が高かったりして。
とても船室とは思えないような豪華な客室に落ち着いて一息いれていると先触れがあった。
「巫女様。
謁見の依頼がございます」
断れない?
駄目か(泣)。
「お通しして」
いつの間にか側に居たロメルテシア様が指示する。
何でもこの船はミステアの領土と見なされるので、神託宮の使徒であるロメルテシア様は巫女の側仕えという立場になるらしい。
こじつけ臭いけど使徒に逆らえる人なんか神聖教にはいない。
「失礼いたします」
入って来たのは美少女と美熟女だった。
「こちらはミストア神託宮使徒のエレーメとバルボアンタでございます」
ロメルテシア様が教えてくれた。
というか紹介した。
私は巫女であるので使徒より階位が高いから、相手は誰かに紹介して貰わないと口を開けないとか?
「バルボアンタと申します。
御身の巫女降臨を言祝がせて頂きます」
美熟女がそう言いながら腰を折った。
使徒って美少女だけじゃないのか。
それはそうか。
最初は美少女でも日々を過ごす内に歳をとるわけだ。
定年とかあるの?
「マリアンヌである。
よしなに」
鷹揚に挨拶を返す。
そうしろとロメルテシア様に言われていたので。
バルボアンタ様は「は」と短く言って頭を下げた。
「エレーメでございます。
このたびの巫女ご就任、おめでとうございます」
美少女が溌剌と言った。
ロメルテシア様が「静」ならエレーメ様は「動」か。
淑女には珍しく肩で切りそろえた髪は栗色だ。
私ほどじゃないけど身軽で俊敏そうなイメージだ。
やや浅黒い皮膚で細身だけど体幹がしっかりしている。
溌剌としていて私の前世の人の基準ではスポーツ少女といったところか。
ちょっと話しただけで頭の回転とか油断なさなそうな性格が丸わかりだったりして。
使徒にも色々いるのね。
「それでは」
お二人はあっさり下がった。
何かお役目があるらしい。
「ロメルテシア様はいいの?」
「私はマリアンヌ様の側付きでございますれば」
いつ決まったんだろう。
多分、裏で使徒同士の激烈な闘争があったと思われる。
まあいいけど。
「出航までおくつろぎ下さい」と言われたのでお茶を飲みながらまったりする。
後続の王女様方も乗船したらしくて喧噪が伝わって来たけどこっちには来なかった。
皆様は別の客室に案内されたらしい。
王女なのに(泣)。
ミストア内部での階層が判るなあ。
巫女である私は最高位ということなのよね。
ロメルテシア様は使徒だからその次。
他の人達は世俗では王女であってもミストア神聖教においては一信徒? でしかない。
まあ、一応は身分を考慮されるみたいだけど。
まさか王女と平民や下級貴族を同列には扱えないだろうし。
それからしばらくたって、ちょっと揺れたと思うと身体が少し引っ張られるような感覚があった。
「出航いたしました」
「そう」
私に言われてもね。
「これからどうするの?」
聞いてみた。
「本日は河下りでございます。
夜間航行は危険ですので、日没前に係留地に」
「ああ、なるほど」
「万一を考えて皆様には当船に宿泊して頂きます。
明日は夜明けと共に出航し、午後には臨海港に到着。
そこで宿泊施設に一泊して頂き、その間に船の整備を行います」




