294.信頼
「現時点では神聖軍事同盟が存在しない以上、各国の国王陛下にお集まり頂く理由がございません。
色々と柵も多く、一同に会するのを躊躇う方々もいらっしゃいます。
ですが絶対中立のミストア教皇のご招待ならば」
そういうことか。
ミストア神聖教の力は「信頼」だ。
千年以上に渡って大陸全土に奉仕し続けてきたミストアの招待だからこそ、各国の国王陛下もわだかまりを捨てて集まれる。
そして集まってしまえば会議に参加するのにはやぶさかではない。
「そういうシナリオなのね」
「はい。
これは王女殿下方を通じて各国の国王陛下にもご了承を頂いております。
この半年ほどはその根回しで潰れました」
そういえばライラ様は疲れた顔をしていた。
大変だったろうな。
知らないけど。
その後、私と一緒にミストアに行く人達との顔合わせがあった。
王女様方と違ってこの人達は私個人の支援要員ということだった。
「神聖軍事同盟の職員じゃないの?」
「違います。
あくまでマリアンヌ様の側仕えでございます」
ミストア神聖宮には宮人というか神聖教の神官達がいるけど、それとも違うらしい。
よく判らないけどまあいいか。
少し大きめのお部屋で謁見される。
ずらっと並んだ人たちの中には学院時代の顔見知りがちらほらいた。
エリザベスがしれっと混ざっていたりして。
そういえばしばらく見なかったけどテレジア公爵家に入り込んでいたらしい。
エリザベスは真面目腐った表情だったが私と目が合うと一瞬ニヤリと笑って見せた。
あいかわらずいい度胸だ。
学院の教授や年かさの学生も居て、後で聞いたらテレジア公爵家が主催する研究室の人達だそうだ。
ミストアまでついてくるのか。
「研究を続行し、将来は神聖軍事同盟の事務局に参加希望とのことでございます」
就職活動だった!
テレジア公爵家の近衛騎士を含む私の護衛騎士隊も同行するらしい。
選抜されたとかで騎士の皆さんは誇らしげだった。
まあいいけど。
適当に挨拶して、そのまま流されていたらすぐに出発の日が来た。
とはいえ別に国のお祭りとか行事ではないので淡々としたものだ。
離宮から続々と馬車が出て行く。
もちろん大部分は既に出発済みだから、基本的には私を中心とする貴顕集団とその護衛だけだ。
王女様方とか。
それだけでも馬車が十台以上になるのよね。
離宮は王城のそばにあって、つまり王都の中心だから道が混むということで、出発は早朝だった。
平民街の道は商品移送とか商売用の馬車とかで朝から混むらしいんだけど貴族街は静かなものだ。
貴族ってあんまり朝早くからは活動しないから。
側仕えの平民は別だけど、人数から言えば大したことがない上にお屋敷の中で仕事しているだけだものね。
私の馬車は隊列の中心あたりにいた。
同席は専任侍女と専任メイドだけだ。
馬車の周りはテレジア家の近衛騎士隊が囲んでいる。
贅沢だなあ。
他国の王女様方なんかいくつかの馬車に分散して乗せられているらしいのに。
「本来ならお一人ごとに馬車をご用意するべきでしょうが、大混乱になりそうですので。
殿下方にも了承して頂きました」
まあ、他国だもんね。
これが国王陛下とかだったら無礼も甚だしいんだけど王女とはいえテレジアからみたらよその国の王族の一人でしかない。
とてもそんな手間はかけられないと。
「ご本人方には好評でございます。
このような機会は滅多にございませんので」
それはそうか。
王族や高位貴族なんて孤独なものだ。
大抵の場合、周囲に同格はほぼいないものね。
配下や格下ばかりで気が抜けない上、気がおける。
私なんかそれそのものだったりして(泣)。
対等な身分の人と自由に語り合える環境って素晴らしい。
そうこうしている間に馬車は貴族街を抜け、大きく回り込んでから港に向かった。
ちなみに王都から一直線にどこかに向かう道はない。
歴史の講義で習ったんだけど、封建国家の王都は基本的には防衛用に設計されているそうだ。
例えば都市の外から真っ直ぐ王都の貴族街や王宮に向かう道はない。
万一、軍勢に攻め込まれた時に直撃されないような都市設計になっている。
パレードや凱旋の時も、わざわざ曲がりくねった道を練り歩いて王宮に達するのが普通らしい。
港なんか顕著で、海から敵が攻めてきた時には内陸に入り込まれる前に叩けるような仕組みが設置されているとか。
砦か関所みたいな場所を通り抜けてしばらく進むと前方に水平線が広がっていた。
と一瞬思ったけど違う。
テレジアの王都から直接海には出られない。
だって内陸の中心部にあるから。
だからこの水面は河だ。
もの凄く広いから海に見えただけで。




