286.神輿
「私も最初は前世の世界にあった国連みたいなものを作ろうと思っていたんだがな。
無理だった」
「そうなの?」
「うむ。
ああいう強権的な国際組織は突出した国力がある国が主導しないと成立しない。
出来たとしてもゆるやかな協調が良いところで、お互い勝手な主張をくり返すだけの曖昧な組織になるだけだ。
だが」
メロディは身体を起こして私を見た。
ニヤリと笑う。
「マリアンヌ、君がいた」
何か怖いんですが。
「私が何か?」
「母国であるテレジアは当然としてゼリナやハイロンド、ライロケルなどの列強諸国にまで名が知られ、支持を受けている公爵。
複数の王家の血を色濃く受け継ぐ高位貴族でありながら王家ではないため、特定の国家の枠に縛られない。
新形式の歌劇を広めるなど文化的な貢献も多い。
そして極めつけがミストアの巫女だ」
そんなの全部、私が知らないところで誰かが勝手にやったことでしょう!
私には関係ないのに!
「たかが公爵でしょう」
「だからいいんだよ。
これがどこかの王家の姫だったら、その国が主導権を持つことになってしまう。
国王や王太子でも同じ事だ。
だが独立した公爵家の当主なら、ある意味自由だ」
「無理があるけれど」
「そんなことはない。
公爵とはいえ多数の国の王家の血を引いていて王位継承権持ちだ。
縁戚の数は莫大になる。
側近も豪華だ。
例えば私は十カ国以上の王家の王位継承権持ちだぞ」
メロディってそんな立場だったのか。
そういえば噂で聞いた事があるんだけど、メロディの両親ってそれぞれの親が色々な国の王家の血を引いているらしいのよね。
だからメロディ自身にも継承権があるとか。
私みたいな複雑な家系じゃないみたいだけど。
そんなことはいい。
問題は私が何で担ぎ上げられているのかということで。
「支持されているといっても大した関係ではないと思う」
確かに色々な国の王女様方が集まって来ているけど、今のところは単なる居候だ。
私の配下でも何でもいなのに。
「何をいう。
マリアンヌの立場は凄まじいの一言に尽きるぞ。
複数の王家の者と直接話せて、各王家の意図を直接に知ることが出来る。
それどころか自分の意思を通達することも」
「私の意思って何?」
パニックだ。
ていうか何で私は色々な王家とお話しなきゃならないのか。
私には言いたいことなど何もないのに。
そもそも、私が何か言ったって聞いてくれる王家なんかないでしょう。
「一介の公爵ならばな。
だがマリアンヌはテレジア公爵である以前にミストアの巫女だ。
この大陸で唯一、すべての国家から信頼を得ている神聖国家がマリアンヌの後ろ盾、というよりは配下なんだよ。
これがどういうことなのか判るか?」
判らないよ!
そもそも私はそんなものになりたいとか全然思って無かったし。
今も思ってない。
「マリアンヌ様は象徴になり得るのでございます」
なぜかロメルテシア様が恍惚の表情を見せた。
「この時代、この場所にマリアンヌ様が降臨されたこと。
まさしく神の意志でございます。
それに立ち会えたばかりか配下に加えていただけた私は、その幸運に身震いが抑えきれません」
ロメルテシア様が変になってしまった。
もともと変ではあったけど。
メロディの方はまだ平常に近いけど、それでも興奮しているのか瞳がキラキラしている。
金と銀の入り混じった髪なんかマジで輝いてない?
明らかに状態異常だけど、私には為す術もない。
「……だから何と?」
ふてくされて聞いたらメロディが言った。
「神聖軍事同盟の準備委員会と名付けたがあれは嘘というか、方便だ。
実際には同盟の母体組織そのもので、既に組織編成が始まっている。
同盟の本拠はミステア神聖国の教都に置く予定で、とりあえず仮本部や会議場も用意したという連絡があった」
「マリアンヌ様の巫女就任祝賀会後、ただちに同盟結成式を執り行う予定でございます。
ミステア神聖国も総力を挙げてこれを支援すると」
そこまで進んでいたの!
私には全然知らされてないのに!
というよりは私、何をすればいいのよ。
聞いてみたら言われた。
「マリアンヌは何もする必要がない。
坐っていればいいんだ」
「巫女とはそういうものでございます」
つまり神輿かよ!




