277.選帝侯
ああ、そういうことね。
私の前世の人の世界でも色々な国があったんだけど、それらの国同士は共通の議論の場を持っていた。
国際連盟とか国際連合とか。
その場では加盟している国の代表が直接別の国々と話し合えるのよね。
そういう場がない場合、会談するにしてもいちいち国同士で調整したり人を派遣したりしなきゃならなくて大変だ。
「でも王女は大使というわけじゃ」
「今のところは連絡役で十分だ。
少なくとも自国の王家と直接連絡出来る」
なるほど。
この場合、王女様方は大使じゃなくて伝達使なわけだ。
発言者でもある。
各国の王家は王女を通じて自己主張が出来るわけで。
ちょっと待った。
「それって……メロディ、まさか」
「気づいたか。
まあマリアンヌなら時間の問題とは思っていたが」
「素晴らしいです。
さすがは巫女様」
ロメルテシア様がブレない。
褒め殺しはもういい。
「国連を作ろうとしているの?」
「……最初はそう思っていたんだけどね」
メロディは肩を竦めた。
「それでは間に合わないような気がしてきた。
だから方針を変えた。
マリアンヌ、君は前世の世界史には詳しいか?」
メロディ、何かギラギラしてない?
これが本質か!
メロディって表面的には飄々としているけど、実は結構真面目で熱い性格なのよね。
実行力もあるしカリスマも十分。
やろうと思ったらやってしまえるタイプだ。
「前世の世界史……」
「特に中世から近世の欧州だ。
色々な形態の国があったんだけど、どうだ?」
「どうと言われても」
思い出してみる。
私の前世の人は理系ではあったんだけど、それは思考方法が論理的というだけで、別に文系が苦手というわけではなかった。
成績は良かったような。
「何とか」
「神聖ローマ帝国については?」
ええと。
「確かローマ教皇が認めた国、というよりは国家連合だったっけ?」
「それだけ覚えていれば十分だ」
メロディは満足そうに言ってから説明した。
これはロメルテシア様のためでもあるみたい。
私の記憶はぼんやりだったから助かった。
「私もあまり詳しいことは覚えていないが、最初はローマ帝国の流れをうけたひとつの国家だったんだ。
だけど時代が下るにつれて各地方の力と独立性が高まって、最後は名ばかりの物になっていた。
そして分裂して別々の国家群が生まれた」
さいですか。
だから?
「こっちの歴史と似ているとは思わないか?」
「ああ、確かに。
この大陸も大昔は統一国家だったらしいと教えられたけど」
今はバラバラだ。
だから困っているんだけど。
「私たちの前世の世界でも同じだったんだが、やっぱり他の地方からの軍事的な脅威にさらされていてな。
独立した国々が各個撃破されそうな雰囲気になった。
国力がどうしても劣るからな。
まあ、それだけが原因じゃなかったみたいだが。
そこで協力出来れば良かったんだが、かつての大帝国の地方はそれぞれ国家として独立していて今更同じ国にはなれない。
だから旧国家群をまとめて『神聖ローマ帝国』という『制度』を作った」
意味が判らない。
「制度って?」
「実際には存在しない帝国を作って各国はその国に所属していることにした。
各国は王国だったから、その上に立つ皇帝を置いて。
ローマ教会が後ろ盾になって権威づけをして。
帝国としての体裁を整えたわけだ。
ていうか、一応は統一国家的な動きはすることにしたらしい。
他国からの侵略には一致協力して対処するとか」
ああ、なるほど。
同盟みたいなものね。
それよりはもっと強い結びつきで、いざというときはまとまって動いたりすると。
「でもそれって仮定的なものなんでしょう?
帝国だったら皇帝とかどう決めるの?」
国王にしてみたら一応は自分たちの上に立つんだから、そんなの認めたくないのでは。
聞いてみたらメロディはあっさり応えた。
「皇帝はその都度決めたようだ。
最初は有力な国の国王が兼任していたらしいんだけど、後の方になると代替わりの時に選任されるようになった」
「選任?
世襲じゃなくて?」
「みんなが納得出来る皇帝じゃないと駄目だからな。
世襲もアリだけど、世代交代しているうちにその国が衰退したり国王が無能だったりすると誰も賛成しなくなる。
そこで」
「そこで?」
「『選帝侯』という装置というか設定が作られた」




