266.留学
「これからどうするの?」
聞いてみた。
もう帰って寝たいんだけど(泣)。
「殿下は主催かつ主賓でございますので皆様とご歓談なさることをお勧めします。
特に王女殿下方にはお時間を割いて頂ければと」
家令が言うけど、それはそうだ。
他国からわざわざ来てくれたのよ。
サービスしないでどうする。
「とはいえ、それほど気を遣う必要はございません」
専任執事が言った。
「そう?」
「はい。
あの方々のお付きの方から申し出がございました。
全員が留学生として殿下の研究室の所属を希望しておられるとのことでございます」
げっ。
予想はしていたけどやっぱりか。
聞いてみたら今や「テレジア王立貴族学院」への留学が各国でブームになっているそうだ。
学院はもともと国際的に有名だったらしい。
設立されて成果が上がり始めた頃には各国が争って似たような機関の設立に走ったくらいで。
メロディのシルデリアなんかもそうだよね。
でも全部、失敗とまでいかなくても大成功はしなかった。
理由は色々だけど、主なものは2つ。
資金不足と貴族の非協力だ。
まず、お金が足りない。
こういう場合、王家がメインとなって貴族家からの寄付を募ったりするんだけど、貴族がそんなものに積極的に金を出すはずがない。
王家も屋台骨が傾くほどにはお金を出せない。
だから中途半端になったり挫折したりする。
テレジアが上手くいったのは、禅譲した旧王家が領地を投げ出して大金を注ぎ込んだからだ。
王家じゃなくなったから可能な荒技で、普通の国はそんなこと出来ないからね。
もうひとつの理由としては貴族たちの非協力というかむしろ反対があげられる。
学院ってある意味、貴族家の伝統の破壊だ。
他の貴族家と差をつけることでサバイバルしているのに、みんな同列に教育されたら露骨に貴族子弟個人の差が明確になってしまう。
今までは多少実力や能力がアレでもコネで何とかしていた世襲や就職が上手くいかなくなる。
だから貴族界はあの手この手で潰そうとしてくる。
ところがテレジアの場合、王家が変わったというパラダイムシフトのどさくさに紛れて学院が設立された。
大混乱の中で、なし崩し時に学院が成立してしまい、しかも成果が上がったために反対出来なくなってしまった。
何か言ったら「おのが家を投げ出してテレジアを守った旧王家のご意志に反対なさるのですか」と迫られるんだよ。
新王家も旧王家の方針を支持したから、何だかんだで定着してしまったという。
「なるほど」
「学院が出来てからテレジア王国の国力は順調に上がっております。
他国の王家は羨ましがっているのでございますが」
家令の話では、これまでにも他国から留学生が来たことはあったそうだ。
でもせっかく留学しても大した成果は上げられない。
学院ってどっちかというと下位貴族の教育の場だからね。
しかもテレジアに特化している。
よその国の貴族には留学してまで学んだりコネを作ったりするメリットがないそうだ。
「そもそもどこの国でも下位貴族を留学させることはありません。
そのような費用は下位貴族家には出せませんし、出せる家は留学させる必要がございません」
それはそうだ。
そんな金があるんだったら自国内でいくらでも優秀な家庭教師をつけられる。
「高位貴族は?」
「学院に留学されても受講する講座がございませんので」
なるほどねえ。
テレジアでも高位貴族の大半は家庭教師頼りだもんね。
通院するとしたら将来に備えてコネを作ったり側近を集めたりする目的くらいで。
それもあんまり多くないそうだ。
「だったらなぜ今回は王女が来たの?」
「テレジア公爵殿下とのコネ作りでございましょう。
しかも単なる留学ではなく、殿下が特任教授を務める研究室の研究生としてでございます。
これ以上効率的に殿下に接近する方法はないかと」
ああ、そういうことか。
普通の学生としてじゃないから意味の無い講座に出る必要はない。
テレジア人じゃないし、就職したり輿入れしたりする予定もないからメダルなんか取らなくてもいい。
それでいて堂々とテレジアに滞在して学院に通えるし、研究生ということでテレジア公爵に接触出来る。
私は特任教授ということになっているからね。
でも疑問がある。
「よその国の王家が何で私に接触しようとするの?」
だって私、ただの公爵だよ?
国内でこそ王家を除けば最高位の身分だけど、国際的には単なる一貴族でしかない。
よその王家にとってはあまり意味がない気がするけど。




