264.兇人
「テレジア公爵殿下」
近衛騎士が閉ざされた扉の前で叫ぶと両開きのドアがゆっくりと開いた。
護衛騎士がドアの両側を守り、続いてテレジア公爵家が誇る侍女見習い、じゃなくて社交侍女の皆さんが静々と進む。
全員、もともと高位貴族令嬢だからね。
家柄的には王妃にもなれる方々だ。
そんなのを集団で侍女にしている私って(泣)。
私の後ろから専任侍女と専任メイドが続く。
この人たちは雑用係というか「手の者」という立場らしい。
伝言を頼んだりちょっとしたものを持ってきて貰ったり。
身分がどうとか言われそうだけど、よく考えたらパーティ会場には運営要員として下僕やメイドがいるのよ。
その人達は平民だ。
だから問題ない。
もっともこれはテレジア公爵がこのパーティの主催者だから出来る事で、来賓の方々はせいぜい侍従や侍女を一人つれているだけらしい。
王家の皆さんは判らないけど。
会場は立食式だった。
晩餐会じゃなくてパーティだからテーブルがあって皆様座ってお話しするはずだったんだけど。
来賓が多すぎて、テーブルと椅子が足りなくなったらしい。
しかも席が固定されてしまうとテレジア公爵とお話出来ないどころかご挨拶も難しいという非難が出て、急遽立食式になったそうだ。
私もそっちの方が楽だから許可したんだけど。
だって立食式なら礼儀といってもせいぜい礼くらいだし。
期せずしてお客様方が二手に分かれてくれて、人垣の間を進む。
何というか嫌な予感がするけど、どうしようもない。
行く手に玉座が見えたりしたら引き返そうと思っていたんだけど、幸いにしてそんなものはなかった。
ただちょっと高くなったステージがあって、そこが私の定位置だそうだ。
まず専任侍女と専任メイドが控え、その前に私が立つと社交侍女の方々が防御陣を敷いてくれた。
さりげなく女性騎士が両側に立つ。
これは王家から借りた者たちで、テレジア公爵家にはまだ近衛の女性騎士がいない。
頑張って騎士団を拡張しているんだけど、一朝一夕には育たないからね。
しょうがない。
合図があったので、私は一歩前に出て言った。
「皆様。
ようこそいらした。
今宵は存分に楽しんで頂きたい」
それだけ言って引っ込む。
何か変?
自分の誕生パーティなのに他人行儀じゃないかって?
これについては家令や専任執事に相談したんだけど、好きにやって良いと言われた。
そもそもこのパーティは私の主催なんだから他人がどうこう言う権利はないそうだ。
私が法律。
しかも来賓が来賓だ。
「正直、ここまで極端に王族や高位貴族の比率が高いパーティなど聞いた事がございません。
大抵の場合は単独か、せいぜい二人というところでございます」
「王女だけで十人くらいいるんだっけ?」
「それもほぼ全部が列強というか、弱小国の王族は一人もいない。
序列がつけられないからみんな同列だ」
異常事態なのだそうだ。
「何でそんなことに」
気心が知れた仲間? しかいないのでざっくばらんで会話する。
「別に呼んだわけじゃないんだが。
最初はテレジア公爵領で細やかに開く予定だった。
だがどこからか情報が漏れて」
コレル閣下がぼやいた。
多分、離宮に常駐しているハイロンドやライロケルの駐在員だろうな。
別にパーティのことは秘匿していたわけでもないし、ちょっと調べたらすぐに判る。
そして母上や祖母上に知られたらテレジア王家やゼリナに伝播する。
ミストアやシルデリアは使徒や王女自らが滞在しているんだから隠せるはずがない。
当然、本国に情報が飛ぶだろうし、そこから拡散したと。
「もともと殿下の噂は国際的に広まっていたからな。
だが接触する機会がない。
そこに誕生パーティが開かれるという情報が飛び込んできたら」
「これ幸いと王族を送り込んで来た、と」
家令が頷き、専任執事は肩を竦めた。
「でも何で王女ばかりなの?
こういう場合は殿方なのでは」
私は公爵とはいえ未婚の女性だ。
政略結婚というか、婿入りの好条件のはずだけど。
「雌虎のお噂故かと」
「下手な男を送り込んだら食い殺されかねないからな。
同世代もしくは年下の淑女には優しいという話も出回っている。
だから」
それでかよ!
私、よっぽど男嫌いとか思われているのかも。
やっぱデビュタントの舞踏会で言い寄った殿方をぶちのめしたあげく、血まみれのドレス姿で会場に乱入したことが響いているのか。
それだけ聞いたら凶人だよ。




