256.准男爵
まあしょうがない。
私は半日かけてすべてのドレスに袖を通してからパーティで着るものを選んだ。
国王陛下から贈られた三着の中から選べばいいんだから楽だ。
お色直し用のドレスは王妃様と王太子妃様のものと決まっているんだけど、念のために予備のドレスも選んでやっと終わったと思ったら、次のお部屋では床一面を埋め尽くす靴に迎えられた。
靴屋、いやむしろ卸問屋か?
「こちらはサンプルでございます」
「サンプルだけでこんなにあるの?」
「デザイン、履き心地、バランスなどを確認して頂き、ご希望のものについて型取りして特別注文で製作致します。
これはテレジア公爵領家臣および使用人一同からの贈り物でございます」
あかん。
この場に及んでまだ貴族を舐めていたみたい。
いや高位貴族か。
スケールが違う。
サエラ男爵家どころかミルガスト伯爵家とすら比べものにならない。
経済力、いや領地の地力の差ってこれほどのものなのか。
家令代理が来たので聞いてみたら即答された。
「経済力というよりは権威でございますね。
銘柄といった方が良いかもしれません。
公爵家ともなれば、名前だけで値打ちが桁違いです」
「どういうこと?」
「そうですね。
殿下も『王家御用達』という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、それの公爵家版です」
そうか。
ブランドか。
公爵ともなれば名前だけで値打ちが出てくる。
「御用達」の看板出すだけで売り上げが上がったりして。
「増して殿下は若く美しい淑女であられます。
殿下に身につけて頂くだけで社交界で噂になりヒット商品に」
お店の側にもそういう魂胆があるとは。
多分、靴職人とか生地の生産者とか色々な人たちがみんな恩恵を受けるんだろうな。
そういえば私の前世の人の世界でもあったっけ。
有名人が何か着たり使ったりすると、その商品が爆発的に売れたりして。
そしてそれは商品の販売会社だけじゃなくて製作したメーカーの名声やそのメーカーが売っている他の商品にも波及していくと。
まさに錬金術。
ていうかもうこれ、公爵家を使った商売じゃないの?
「そうでございますよ?」
家令代理はケロッとして言い放った。
「貴族家に限らず、世間は生存競争でございます。
使える物は何でも使って少しでも有利に生き抜くのが重要かと」
アーサーさん、遠くに行っちゃったんだなあ。
ミルガスト家のタウンハウスで家令モドキをやっていた頃ならこんなことは絶対言わなかったのに。
思わずじとっとした目で見てしまった。
するとアーサーさんは素早く周囲を見回して声が聞こえる範囲内には人がいないことを確認してから言った。
「止めて下さい。
その目付きは心をえぐります」
「いや感心してるんだけど」
「違うでしょう。
むしろ憐憫の眼差しでしたよ!」
良かった、アーサーさんの根っ子は変わってなかった。
ミルガスト家のタウンハウスで開いた舞踏会のメイドが足りなくて私にバイトを持ちかけてきた頃と一緒だ。
「いいじゃないの。
私なんか誰も同情してくれないのよ?」
「殿下の何に同情すると?」
何だろう。
身の丈に合わない役を押しつけられたこと?
アーサーさんが沈んだ口調で言った。
「変わらなきゃとは思ってるんです。
父上に知れたら殴り飛ばされるでしょうし」
「そうなの?」
「はい。
このたび、准男爵位に叙爵されました」
あれま。
まあ、それはそうか。
公爵家の家令代理なんだから爵位持ちでないとそれこそ舐められそう。
「でも爵位、低くない?」
「准男爵は領地貴族家が叙爵出来る上限です。
それ以上は王国の爵位になります」
なるほど。




