253.後ろ盾
貴族、特に高位の貴族家当主がどうして結婚するのかというと、もちろん第一の目的は跡継ぎを作るためだ。
もっともそれだけなら正式に結婚する必要は実はない。
正室でなくても側室や妾、愛人にでも子供を産ませて認知すればいいし、それが面倒だったら適当な養子をとってもいい。
だけど貴族家当主の奥方には奥方にしか出来ない重要なお役目がある。
それが社交で、忙しくて動けない当主の代わりに社交界に出てコネを作ったり情報収集したり、高位貴族家なら派閥を取り纏めたりする必要があるのよ。
殿方はそんなこと出来ないからね。
「本物の貴族」枠に当主とその跡継ぎの他に当主の正室が入っているのもそのためだ。
つまり貴族の正室は貴族家の者じゃなくて、正式な貴族と見なされる。
社交界における当主代理だから。
ここが側室や愛人、妾と違うところで、つまり正室には貴族権限がある。
礼儀の先生に聞いたところでは、昔貴族が自分の手勢を直接率いて戦っていた頃、しばしば遠方に長期遠征する必要があったそうだ。
そんな時に留守を任されるのは嫡男だが、まだ幼い場合は奥方が領地を守った。
その際、単に当主の奥様というだけでは弱いため、正室に限り貴族権限が与えられたらしい。
そういった伝統は今も続いている。
それだけ重要なお役目なのよね。
よって普段から社交が重要なんだけど、前述のように当主は忙しいのでそれぞれの奥方が代行する。
パーティやお茶会はその場だ。
殿方が他の貴族の奥方と公然と親しくなったりするのは拙いからね。
「そうか」
「殿下は淑女ですが、社交している暇はございません。
かといって代わりに社交界に出て頂ける方もおられず」
「当然よね」
「お二方はそれを憂いて動いておられるのではないかと。
貴族界では奥方様方を誑し……味方につけないと、何事もうまくいきませんので」
いつも思うんだけど、専任侍女っていつの間にここまで有能になったんだろうか。
公爵の専任侍女がどれほどの者なのかは知らないけど、元は男爵家よね?
「学びました」
さいですか。
化けたということか。
まあいい。
「つまりお二方は私の為に」
「はい。
コネを作ると同時に後ろ盾として認知されるように振る舞っておられるかと」
何と。
そういえば二人とも母国名を出していたな。
つまりミステアとシルデリアがテレジア公爵を後援すると示しているわけか。
私、益々化物じみてきてない?
ただでさえ公爵位なのに、ゼリナから始まってハイロンドやライロケルから半ば公然と支持されているし、今度はミステアとシルデリアだ。
どないしよう。
気分が悪くなってきたので考えるのを止めた。
そんな風にしてテレジアの冬が過ぎていった。
ちなみにハイロンドとライロケルの留学生は来なかった。
例年になく海が荒れて船が欠航になったらしい。
正確に言えば、貴顕を送るには危険ということで暖かくなるまで延期になったとか。
ゼリナの貴顕については、どうも人選が難航しているらしくてやっぱり延期になったと言われた。
「誰も来たがらないとか?」
「逆です。
我も我もと名乗り出られて決まらないそうで」
家令代理、そんな情報どこから仕入れてくるんだ。
みんな怖いよ。
「何を仰せられます。
それを言ったら殿下が一番化けられたかと」
「そんなんじゃないのに」
「ですが、今や殿下はテレジア王家や公爵家の支持を得ておられるだけではなく、複数の有力国家を後ろ盾に持っておられます。
ゼリナやハイロンド、ライロケルに加えてミステアやシルデリアも」
それはね。
それぞれ別の理由があって。
私は何もしてないのに。
「もういいわ。
仕事しましょう」
「お心のままに」




