239.就任
ミステアの教皇庁内部に巫女捜索のための部署が常設されていて、それらしい人がいたり噂になったりすると密かに公使を派遣して調査する制度が確立されていた。
その時の巫女は、ミステアの地方都市で評判になった平民の娘だったそうだ。
やはり神童という噂で、親がやっていたささやかな商店を手伝ってあっという間に発展させたとか。
成人するまで捜索の手が伸びなかったのは娘の髪がごく普通の茶色だったから。
それでも評判が良すぎて公使が訪ねてみたら、どう考えても尋常ではない。
そこで使徒がテストしてみたら巫女だと証明された。
やっぱりBLとかYouTubeとかを知っていたのか。
桃髪ではない巫女は初めてだったそうだけど、人格や知識、見識はミステアが認める巫女そのものだったから神託宮の主として迎え入れられた。
その巫女は使徒から説明を聞くと「判りました」と言って素直に巫女に就任したらしい。
その際、伝統は大切にしなければならないということで、自ら提案して桃髪のヅラを被ったそうな。
それで私にヅラ疑惑が!
まあ、ちょっと考えてみたらあり得ないんだけどね。
だってそんなのミステア神聖国内部の話だし、無関係の私が意味も無くヅラを被るわけがない。
でも前例もあってミステア内部では巫女はヅラもあり、ということになっているらしい。
別にいいけど。
とにかくその巫女は、特筆すべきことはしなかったけど着実に体制を固めたりミステア神聖国の基本方針を時代に合わせて整備したりして貢献した。
神託宮はミステアの政治には関わらない、という立場を表明したのもその巫女だった。
そして晩年はヅラを脱いで野に下り、悠々自適な生活に入ったそうな。
上手くやったなあ。
記録の最後の方には私の前任の巫女についての物語があった。
その巫女が生まれたのは百年くらい前で、その頃になるとミステア国内でも結構頻繁に桃髪の女の子が生まれるようになっていたらしい。
もともとの初代巫女は突然変異か何かで桃髪だったんだけど、ミステアの貴顕階級で桃髪の人気が高まったり、平民に生まれた桃髪の女の子が養子として引き取られたりして、だんだん出生率が上がってきたと。
桃髪の貴顕家系もいくつか成立したらしくて、前の巫女はその家系に生まれた。
巫女自身はともかく、それで色々と面倒くさいことになってしまったようで、お家騒動や嫁取り合戦が頻発したらしい。
暗殺まがいな事件も起きて、嫌気がさした人達が国外脱出したり敢えて平民に嫁いだりしたという。
サエラ男爵家に輿入れした何とかいう桃髪のご令嬢もその中の一人だったんだろうな。
そんな騒動があったこともあって、以後の巫女捜しは極秘にやることになった。
神託宮もそれまでは歴とした政府の部署だったのが、公には存在しない概念上のものにされた。
もちろんミステア神聖国では最高官庁なので予算もついているんだけど、巫女が現れるまでは休眠状態になる。
だからテレジアの王太子が訪問しても隠されていた訳か。
でも私が現れたことで大っぴらになるらしい。
本を読み終わってからロメルテシア様をお呼びして聞いてみたら詳しく教えてくれた。
ミステア神聖国と巫女の関係は初代からあまり変わっていない。
一応、巫女というか神託宮は神聖国のトップに位置することになっているけど、前にも話した通り、それは統治者というよりは指針、私の前世の人の国における「憲法」みたいなものとしてだ。
具体的というよりは概念的な国家判断の拠り所として扱われる。
だからミステア神聖国に巫女がいなくても特に問題はないし、いても常に頼るわけでもない。
ただ、ミステアの国自体や国際的に問題になりそうな場合、神聖宮の意見を伺うことはある。
だけじゃなくて、巫女が何か言ってきたらミステア全体がそれに従う。
「無茶なことを言った巫女っていなかったの?」
「皆無でございます。
巫女はむしろ、極力国の問題に関わることを避ける傾向がございます」
まあ、21世紀日本の女子高生じゃね。
初代巫女は違ったらしいけど。
「……もし私が世界征服とか言い出したらどうする?」
冗談で聞いてみたら真面目な表情で返された。
「ただちに教皇庁に報告し、枢機卿会議を招集して」
「判った。
ご免。
絶対言わないから許して」
「さようでございますか」
何で不満そうなの?




