237.傀儡
やっぱり詰んでる。
でも待って?
これまでに巫女が降臨? したことは数回あったと。
世界史にはそんなの載ってなかったような。
「その儀式はあくまでミステア限定のものなのでしょうか」
「そうとも言えます。
ですが、おそらく付き合いのある国家の要人は漏れなく式典に招待されることになるとは思います」
それもそうか。
ミステアにとってみたら自国の存在をアピールする機会だろうしね。
でも、だったら何で歴史に残ってないんだろう。
私が読んだ世界史にはそんなこと書いてなかったような。
それを聞いたら不思議そうに言われた。
「巫女の降臨はミストア神聖教にとっての慶事でございますが、他の国々には関係ないかと」
そういうことか。
つまりこれって、例えばテレジア王国内でずっと子供が生まれなかった国王夫妻に待望の王子が誕生した、とかいう話と同じなのよね。
テレジアにとっては国を挙げて祝うような慶事だけど、他の国からみたらよその国の普通の出来事でしかない。
王子が生まれた?
そんなの当たり前だろう。
いくら国内で大騒ぎしたり祭典があったりしても、所詮は国内だけの話だ。
それはお祝いのためにお使いを派遣するくらいはしても、別に歴史に残すような出来事ではないもんね。
しかも「巫女」だ。
それだけ聞いたら宗教国家であるミステアの役職のひとつにしか聞こえない。
しかもトップじゃなくて、せいぜい神官とかそういうレベル?
「巫女ってミステア国内ではどのような立場なのでしょうか」
聞いてみたらあっさり応えられた。
「一般の信徒にはあまり知られていないと思われます。
ですが教皇庁や教会内部では」
やっぱりか。
国王とか、公的な立場ではないのだ。
そういう対外的な権威は教会のしかるべき役職の人が担う。
巫女はそういう世俗の権威を超越した存在なんだろうな。
あれ?
「巫女の誕生というか降臨を祝うというお話ですが」
「もちろんミステアをあげての式典でございます。
その日は祝日になりますし数日間はお祭り騒ぎが続きます」
さようで。
でもそんなことをして、何か怪しまれたりしない?
「教皇の交代やミステア神聖教の重要な日には、規模は小さいですが同じようなことを行いますので。
特に話題になるようなことではございません」
わざと臭いな。
多分、ミステアとしては巫女の存在を隠すとまではいかないけど、あまり大々的な喧伝する気はないんだろう。
ちょっと考えてみたら判る。
だって、今までの話からすると巫女って別にミステア人である必要すらなさそうなのよね。
貴顕というわけでもない。
最高権威とか言ってるけど別にミステアの統治に不可欠じゃない、というよりは普段はいないんだから無視しても問題ない。
何だ。
単なる傀儡か。
「違います」
ロメルテシア様は怖いくらい真剣だった。
「巫女は何よりも尊い存在でございます。
巫女が望まれることは無条件で受け入れられます。
ミストア自体、巫女のために存在する団体でしかございません。
例えば巫女が世界を征服せよとおっしゃるのならば」
「そんなことは死んでも言わない」
「……さようでございますか」
言い切ったらロメルテシア様は不満そうだった。
私に世界征服させたいの?
そう考えてみてぞっとした。
ミステア神聖教の国際的信頼度は抜群だ。
何せこれまで陰から世界平和を守ってきたわけで。
野心的なものもまったくないことが知れ渡っている。
そんな国が本気で動いたら、成否はともかく結構大きな事が出来るのでは?
「ちょっと教えて欲しいんだけど」
「何でも」
「これまで巫女って何をしたのか、何か記録は残っている?」
そうなんだよ。
巫女は私以外にも数回は現れたらしい。
その度に神託宮が機能していたはずだ。
巫女は最高権威で、臨めばミステア神聖国が全力でサポートするという話だ。
ならば。
「まとめたものがございます。
簡単に申し上げるのは難しいのですが」
「それって書類になっているの?」
「はい。
お持ちしましょうか?」
「お願い」
「お心のままに」
出た。
やっぱり私、ミステアの使徒にとっても貴顕扱いか。
この慣用句は一般的には「殿下」と呼ばれる貴顕に対する返事なんだけど、テレジアでは王族か准王族に対して用いられる。
つまり王家と公爵ね。
ミステアではどうなっているのか判らないけど、多分神託宮の使徒としては巫女ってそういう存在なんだろう。




