233.腐女子
「なるほど」
「ミストア側の意図はどうあれ、こちらとしてはテレジア公爵殿下のお心ひとつということになります。
面会を断って頂いても問題はないと思いますが」
宰相閣下はそういうけど、無理でしょう。
そもそもテレジア公爵は離宮内にミストアの使者の滞在を許可してしまっている。
これでは今更会わないとか言えない。
「大丈夫でございます」
「さようか。
ならば頼む。
ミストアは国力としては中堅だが、宗教的な権威では国際的に無視出来ないところがあるからな。
出来れば敵対はしたくない」
陛下がそこまで言われるのならやるしかない。
ていうか、そもそも私と会ってどうしようと?
ヅラ疑惑は晴れたはずだし。
王政府からも立会人を派遣するということで、用意が調い次第会うことになった。
公的な会見なので王宮の謁見室を用意するというお話だったんだけど、それはミストア側から拒否されたそうだ。
「離宮で?」
「それも、出来ればテレジア公爵殿下と内密にお話ししたいそうでございます」
家令があからさまに渋い顔をしていた。
向こう側の一方的な都合で話が進むのが不満らしい。
「何か危険があると?」
「それはないとは思いますが。
しかしミストアの意図がわかりかねます。
そもそも殿下はミストアとは本来何の関係もございません」
「それはそうよね」
繋がりと言えば、父方の家系の数代前にミストア人らしき貴顕が輿入れしたというだけだ。
サエラ男爵家自体には何の関心もなさそうなのに、突然私にだけ興味を示すって。
いやな予感がする。
まあ仕方がない。
というわけで、私は家令に命じて離宮内の謁見室? を整えた。
何があるか判らないので見かけは豪勢だけど動きやすい装甲ドレスに着替え、アクセサリー兼用の携帯武器をいくつか身につけて待っているとミストアの特使とやらが来た。
「ミストア神聖国特使、ロメルテシア・ナローグ殿下でございます」
まずはお付きらしい上質そうだけど簡素な僧服を着た初老の人が口上を述べる。
この場合、ご本人は名無しに徹して単なる伝達装置となるのが礼儀らしい。
それだけ言って引っ込む初老の人。
私のお付きをやってくれている専任執事が述べる。
「テレジア王国公爵マリアンヌ殿下である」
私がちょっと礼しながら応えると、静々と進み出た方がおっしゃった。
「光湧きいずるミストアよりご挨拶申し上げます。
マリアンヌ・テレジア殿下。
神託宮が使徒、ロメルテシアでございます」
全身を覆うマントというか煌びやかな巫女衣装に埋もれるような小柄なお姿らしいけど、ほとんど見えない。
でも声の様子からまだ若い淑女、いや貴賓であることが判る。
小柄さなら私も負けてないぞ。
「ようこそいらした」
よくわからないので、とりあえず当たり障りのないような事を言い合っているうちに何となく判ってきた。
この人、人払いするまでは重要な事は何も言う気がなさそう。
しょうがないので家令に目で合図すると、さすがは凄腕の家令だけあってさっさと周りの連中を追い出してくれた。
王政府の立ち会い人はちょっと抵抗したけどヒースの方が強かったみたい。
こういう時は助かる。
専属執事に指示された専属メイドとその配下のメイドさんたちが手早くテーブルや椅子をセットし、お茶などを配膳して潮が引くように引き上げると、最後に家令が言って去った。
「では」
ミストア側も心得た物で、全員が一緒に部屋から出て行ってしまった。
だだっ広い謁見室の中央に残される私とロメルテシア様。
「殿下」呼びされてたっけ。
普通の王国なら王家に当たる血筋なんだろうな。
それにしてはお付きがいなくてもいいのか?
すると貴賓はほっと一息ついておっしゃった。
「ありがとうございます」
「いえ」
何のお礼かと思ったけどそうか。
普通はいきなり会って人払いしろとか言われても従わないよね。
護衛すらいない。
もしこの方が暗殺者だったら。
でも私だって雌虎だ。
そうは見えないかもしれないけど武装しているし、大抵の事態には対処出来る。
「ところで」
ロメルテシア様が言った。
「スーマホゥをご存じですか?」
は?
えーと。
言葉自体はテレジア語だ。
でもそこはかとなく違和感がある単語が混じったような。
私が黙っているとロメルテシア様は焦ったように続けた。
「ウュウチォウブは?」
そして。
「ビェイエエルはお好きですか?」
『知ってますけど。
最後のは関心ないです』
思わず日本語で返してしまった。
だってそうでしょう。
発音が変だけど、明らかにアレだ。
スマホもYouTubeも知ってるし。
でも私、BLなんかに興味はないから。
婦女子が全員、腐女子だと思うなよ?
するとロメルテシア様は首を傾げられた。
「……あの。
今のは」
『日本語ですよ。
もしかして判らないんですか?』
「申し訳ございません。
何をおっしゃっておられるのか」




