22.四苦八苦
だから平民は諦めが早いんだけど、これが貴族家の者だったらどうか。
次男なら嫡男に何かあった時のために、ほぼ同等の教育を受けて育つ事が多い。
事故や病気で跡継ぎが消えたらお家断絶だから。
嫡男が無事育って結婚して跡継ぎが出来た時点で予備はお役御免になるけど、だからといって今更平民にはなれない。
ていうかなるしかないけど、だって貴族家の跡継ぎが出来るだけの能力や知識を持っているんだよ?
あっさり平民になれるわけがないでしょう。
心情的に。
これが領地貴族家だったらまだ救われる可能性がある。
領地があれば跡継ぎでなくても就ける仕事や役職が多々あるから。
代官とまではいかなくても屋敷の差配や騎士団の幹部、あるいは役人とか。
領主の血縁ならよほどの無能でない限りは何かあるものだ。
でも下位貴族だったら。
「まあね。だから学院に通ってコネとか知識とかを必死で身につけようとするわけ」
「殿方は大変ね」
軽く言ったら睨まれた。
「淑女も一緒よ? 嫁入り先が見つからなかったら……」
すみませんでした(泣)。
「ま、その点私は安心だけどね。商人になってもいいし、何ならお金でイケメンの旦那を買うとか」
ああ、そうかよ!
私はテレジア王立貴族学院の中庭というか、回廊に囲まれた空き地のガゼボで昼食を摂っていた。
エリザベスに誘われたのよ。
喜んでお相伴にあずからせて貰う。
おかげで久しぶりに豪華な昼食になった。
何せエリザベスは男爵令嬢という下位貴族身分ながら富豪と言っていい商人の娘なので、当然昼食は豪華だ。
私みたいな賄い弁当じゃなくて、ていうかお弁当ではあるんだけどバスケットに入った美味しそうなお食事が飲み物付きで出る。
配膳してくれるメイドの人もいたりして。
伯爵令嬢でもここまで豪華じゃないのでは。
やっぱりお金持ちって凄い。
「それでどう? もう慣れた?」
「何とか。礼儀もやっとメダルを頂けたの」
そう、私は頑張った。
二ヶ月もかかったけど(泣)。
「後は?」
「刺繍に苦戦している」
ていうか無理なんじゃないかと思い始めている。
自分がここまで不器用だとは思ってなかった。
「あー、あれね。適当なところで私が無難な奴をあげるから、それで誤魔化しちゃいなさいよ」
「そんなことでいいの?」
「当然でしょ。刺繍なんか針と糸の使い方だけ知ってれば充分」
聞いてみたら、みんなそんなものだそうだ。
課題は上手なメイドにやらせたりしてパスするという。
「それでもあんまり無知だとバレた時が怖いから」
「判った。ありがとう!」
「どういたしまして」
本当、サポートキャラって有用。
ちなみに何で貴族令嬢に刺繍の技能が必要なのかを聞いたら、時々誰か偉い人が教会とか孤児院とかの支援のためにバザーを開くので、つきあってそこに出品するためらしい。
でも売れるほど上手い刺繍なんか全員が出来るわけじゃないから家にいるお針子に丸投げしている令嬢も多いとか。
私にはそんな人いないけど、まあ後で考えよう。
「後は楽曲ね。どう?」
「ピアノが無難かと」
エリザベスは顔の前で手を振った。
「止めときなさい。あれは上手い人との差が歴然だから」
「だったら何を」
「歌いなさい」
それか。
「一番差が出るのでは」
「いいのよ。よほどの歌姫でもなければ誰も期待しないから」
なるほど。
確かに技術も努力もいらないというか、何をどうしたらいいのか判らないけど。
「音痴だったら?」
「それで歌えば次からは指名されなくなるわ」
酷い(泣)。
「とにかく中途半端に出来るのが一番拙いの。上手くやれば嫉妬されるし駄目だったら馬鹿にされる」
「判った。言われたら歌えばいいのね?」
「下手でも頑張ったということでメダル貰えるかもしれない。逆に期待されたら厄介だから」
そういうものらしい。
「そういえば別に宮廷とか舞踏会とかで歌ったりするわけじゃないものね」
「そうそう。お茶会とかの余興くらいね。一度大恥をかけば二度と歌わないで済むわよ」
私の前世の人の記憶にある通過儀礼というものか。
「音痴ということでけなされたりしない?」
心配になって聞いたら大丈夫だということだった。
「大抵の令嬢は下手だから。うっかり何か言うと自分に跳ね返ってくるからみんな無かったことにするのよ。
後は上手い人を褒め称えていれば大丈夫」
さいですか。
まあそれはそうでしょうね。
淑女のみんながみんな楽器を演奏出来たり歌姫だったりするわけがない。
よし歌おう。




