227.推進
「時々、足下が揺らぐ気がするのです。
私には確固たる足場がございません。
付け焼き刃で公爵と名乗っていますが、中身が追いついていないと思うと」
告白してしまった。
本当なら公爵の立場で他国の王族に弱みを曝け出したりなんかあり得ないんだけど。
でもメロディは同類だから。
日本の女子高生の感覚でなら大丈夫。
メロディは私をじっと見てからちらっと笑った。
いや、やっぱり美人だ。
未婚ということで流している金と銀の入り混じった御髪が何とも綺麗で、整った顔立ちを引き立てている。
私の前世の人の国で流行っていたという軽小説に出てくるヒロインの実写版というかんじ?
グレース辺りに言わせると「殿下こそ」なんだけど、私の場合はあまりにも典型的な貴族令嬢、いやむしろ着せ替え人形すぎて現実味がないと言われそうだ。
「皆さん、そんなものですよ」
メロディは上品に食べながら言った。
「大抵の方は与えられた立場に適合しようと足掻き続けます。
それで何とか誤魔化していますが、表面を取り繕っていても、中身が追いついていない方々がほとんどです」
「そうなのですか」
「はい。
私にしても、いつの間にか過大な評価を頂いてしまって」
ああ、メロディって噂ではほとんど超人とか千里眼とか女神とか言われているらしい。
本人が優秀だからそういう評価になるんだけど、多分前世が日本の女子高生だったことによるチートも関係しているはずだ。
私にしてもそれは同じ。
特に歌劇については誤解としか言いようがない。
「それでもメロディアナ様はシルデリアの第一王女としての義務をきちんと果たしておられるのでは?」
「そんなことを言えばマリアンヌ様もご一緒でございましょう。
テレジア公爵として十分なお働きをしていらっしゃいます」
お互い褒め合いになってしまった。
「ですが」
「要するに自分自身の評価と客観的なそれには差があるということでございます。
内心でどう思っていようとも、最後は客観的な功績がものを言います。
マリアンヌ様はご立派にやっていらっしゃいますよ」
「……だと良いのですが」
何か有耶無耶になったけど、議論して結論が出るような問題でもない。
その後は他愛のないお話をして晩餐が終わった。
デザートまで食べて一旦解散。
着替えなどしてから応接室で待っているとメロディアナ様がいらっしゃった。
専任メイドの指揮でお茶などが配膳される。
「では」
心得た使用人たちが去り、二人きりになった途端にメロディが言った。
「あー。
やっと気が抜ける」
「ご苦労様」
ソファーに向かい合って座り、タイミングを合わせたように揃って姿勢を崩した。
具体的には力を抜いてだらしなく背もたれによりかかるという。
「あー、天国」
「大変ね」
私はともかくメロディは他国の宮廷を訪問している最中だ。
一瞬たりとも気が抜けまい。
だから離宮に逃げてきたとみた。
「そういえばメロディの正体ってバレてる?」
聞いてみた。
「バレてないと思う。
私も誰にも言ってないし」
「やっぱりそうよね。
言っても信じてくれそうにないし」
「信じてくれたら、それはそれで厄介よね」
揃ってため息をつく。
前世があるなんて話は私たちの他には聞いたことがないし、そんな人がいたとかいう情報も皆無だ。
でも前々から疑っていたんだけど、この世界って怪しい部分があるのよね。
例えばご不浄。
私の前世の人の知識から文明の発展度を比較してみると、どう見てもテレジア王国というかこの世界は地球における中世だ。
まだ動力機械がないし、銃や大砲もあるにはあるけど性能はイマイチ。
ライフルとか高性能爆薬とかはまだ発明されていない。
ていうかこの大陸にはない。
主な輸送手段は馬車で船は帆船だ。
にも関わらず、衛生方面では妙に発達している。
水洗トイレがあったりして。
まあ、私の前世の世界でもローマ帝国なんかには上下水道があったらしいので不思議というほどじゃないけど。
その辺りの事を話すとメロディも頷いた。
「いびつな発展の仕方をしていると私も思っていた。
でもそれが乙女ゲーム世界だからなのか、あるいは別の理由があるのか判断出来ないのよね」
「そうなの?」
「私も貴方も21世紀日本の女子高生の知識を持っているでしょう。
私たち以外にもそういった人がいないとも限らない。
乙女ゲームとは関係なく、誰かが文明の発展を加速させた可能性がある」
「ああ、知識チートという奴」
しかし、それはどうかな。
私なんか女子高生で理系とは言っても実務的な知識はほとんどない。
概念くらい?
水洗トイレや動力機械の存在は知っていても、それを一から作るなんて出来ないでしょう。
「概念が判っていれば発達を促進することは可能よ。
前にも言ったけど、出来ると判っているのならそれを政策として推せばいいんだから」
そうだった。
私もメロディも為政者のすぐ近くに居る立場だ。
自分では出来なくても助言という形で優先的に研究させたり開発されたりすればいい。
「そんなこと出来るのかな」
「出来なくもない。
私も貴方も既にやっている」
うーん。
歌劇のことを言っている?
あれは発展とかいうよりは横道に逸れた感じなんだけど。




