226.柵
「何でみんな私にお礼を言うの?」
一緒に戻って来たルミアに聞いたらあっさり教えてくれた。
「あの者達は第一期生ということで、将来的にテレジア公爵家の事業団で雇用することが決定しております。
将来殿下が率いる渉外組織の中心になる予定ですので」
つまり公爵家が就職先か。
私がその親玉だからみんな感謝すると?
「よく判らないんだけど」
「あの者共は身分の低さ故に希望する就職先が見つけられずにいました。
将来が不安だったところをテレジア公爵家が手を差し伸べた故にでございます」
ああ、そういうこと。
貴族社会はコネだ。
つまり身分。
実力が必要なのはもちろんだけど、同程度の能力がある伯爵子弟と男爵家の子女がいたら、どう足掻いても後者に勝ち目はない。
それどころか多少能力や実績が劣っていたとしても身分が高い方が採用される。
なぜなら「実力」とは本人の能力だけで決まるものではないから。
身分が高いということは、それだけ使えるコネや繋がりが多いことを意味する。
「つまりあの方達は」
「優秀であっても身分が低いせいでなかなか芽が出なかった者共です。
今回の募集では敢えて身分を除外して採用いたしました。
というよりはむしろ身分が低い方を優先しましたので」
なるほど。
さすがはルミア様。
「様」をつけて呼んでしまうくらい黒い……いや用意周到な戦略だ。
「そういうことね」
「お心のままに」
思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
ルミア様の顔が黒いけど私も似たようなものだろうな。
ルミア様、単なる学生とか雇用者じゃなくて「臣下」を選んでいるわけか。
下手に身分が高いとそれだけ柵が多いからね。
男爵子女や騎士階級の者で就職先が見つからない人は、つまりそれだけコネに恵まれていないわけだ。
その分、柵も少ない。
なので将来、余計な邪魔なしでテレジア家の配下として丸抱え出来る。
それは同時にルミア様閥が出来るということで、ご本人もテレジア家内でのし上がれるという。
私の配下の人達が有能すぎて怖い。
知らないふりをしよう。
しばらくしてメロディが帰ってきたので聞いてみた。
「いかがでしたか?」
「素晴らしいです!
あのような知見をお持ちの方が教授を務められておられるとは。
テレジアが発展するわけです」
「シルデリアにも学園があるのでは」
思わず言ったらメロディはため息をついた。
「シルデリアにあるのは『学園』ですので。
あれほどの専門知識を持つ方でも、それだけでは教授には任命されません。
身分が優先されます」
ああ、そういうことね。
テレジアの学院とは学び舎としての方向性が違うわけか。
基本は社交と婚活の場だと。
まあ、それはそれで無意味というわけじゃないとは思うけど。
メロディが落ち込んでしまったので、視察はここまでにして私たちは引き上げることにした。
離宮に戻ってとりあえず別れ、お風呂に入れられて身体を磨かれて、髪を乾かして自分のお部屋で寛いでいると専任侍女が来て言った。
「晩餐の準備が整ったとのことでございます」
「ありがとう。
今日の出席者は?」
「メロディアナ様だけでございます」
良かった。
高位のお客様がいると落ち着かないのよね。
メロディだって他国の王族なんだから高貴な相手ではあるんだけど、中身が女子高生だと思えば気が楽だ。
「では」
参加者が二人だけなので晩餐といっても小部屋だった。
離宮には食堂だけでも色々あるのよね。
一番大きなお部屋は数十人が同時に食事出来るくらいだ。
まだ使ったことないけど。
十人くらいまでならいつも使っている食堂でいい。
一番小さいお部屋は密談用ということで、まだ使ったことがない。
今回のお部屋は小部屋といってもテーブルの広さから6人くらいまでは使える。
というようなみみっちいことをつい考えてしまうのは、私がまだ心の奥底では男爵家の子女、いやむしろ孤児だからだろうね。
この感覚を大事にしないといつか大失敗しそうなので、忘れないように気をつけている。
「マリアンヌ様?」
黙りこくって食べているといきなり声をかけられた。
「はい?」
「何か……お悩みなのですか?」
悩みなら常にありますが(泣)。
「いえ、少し思い出してしまいまして」
「お聞きしても?」
まあ、いいか。
「私の生い立ちはご存じですよね?」
知らないのなら説明しなきゃならないんだけど。
「……はい。
といっても詳しくは」
「別に隠しているわけではないのですが、広まっているというほどでもございません。
どの程度までご存じですか?」
シルデリアの情報収集能力には興味がある。
「……そうですね。
御身が元は男爵家の子女であったこと、その前は孤児院で育てられたということくらいでしょうか」
やっぱり知っているか。
王族だもんね。
しかもメロディってどうみてもシルデリア王家の中でもかなりの実力者だ。
情報公開されている部分以上に知らされているだろうな。
ならば遠慮はしなくても良いか。




