225.学生
ルミアはさすがというか、テレジア公爵家主催の研究室について手際よく解説してくれた。
「研究室」はこのお部屋の他にいくつかの「教室」を占有しているそうだ。
ここは教授や講師が常駐するお部屋で、いわば研究室の中心。
教授は講義の時には教室に行って教えることになる。
「講座は色々ございます。
とりあえずは世界史や王国史講座でございますね。
これは他の講座の教授にご協力頂く予定です」
「既存講座があるのなら、わざわざ研究室で新しく主催する必要が?」
「当研究室では国際関係に重点を置く講義を行います。
将来的に外交関係を担当する専門職向けの講座になる予定でございます」
メロディのツッコミに平然と答える侍女見習い、いや助教。
ふーん、そうなの。
よく判らないけどみんながいいのなら私はいいけど。
「なるほど」
「その他の講座も追々追加していく予定でございます。
将来的には歌劇等の娯楽事業の立ち上げなども視野に入れております」
何それ。
渉外と何の関係が。
いや、そういうこと?
陛下からの勅命ってテレジアの外交自体じゃなくて、その支援組織を作れということだった?
曖昧な指示だったから無理に解釈すれば頷けないこともない。
ていうかルミア、ひょっとして渉外にかこつけてテレジア公爵家の新事業を立ち上げるつもり?
というよりは公爵家や国のお金を使って自分の趣味を推進するとか。
唖然としているとルミアがちらっと黒い微笑みを見せた。
あれ絶対、私が気づくようにやってる。
何てことだ。
侍女見習いの皆さん、テレジア公爵を後ろ盾にして好き勝手やるつもりなのでは。
まあいいけど。
それから私とメロディはルミアの案内で「教室」を見学した。
驚いたことに既に講義が行われていた。
まだ研究室が正式に立ち上がってもいないのに?
「出来るところから始めております」
独断専行って奴?
私も知らないのに(泣)。
どっと疲れが出た気分で教室に入っていくと、突然公爵や外国の王族が現れたのを見た教授や学生が全員、飛び上がって片膝を突いた。
ご免。
教授は驚いたことに殿方だった。
中年のこれといって特徴のない貴族らしかったけど、ルミアが言うには若くして世界史および国際関係史学の権威なのだそうだ。
「こちらはシルデリア第一王女のメロディアナ殿下であられる」
私の紹介はいらないのか。
「ルゾ・バレットと申します」
「よしなに。
ところで」
メロディがいきなり教授相手に議論を始めてしまったので、私はその間に学生さんたちとお話することにした。
「公爵殿下には厚く御礼を申し上げたく」
いきなり礼をとったかと思うと興奮状態で話しかけてくる淑女。
私より年上だけど、まだ二十歳にはなっていないみたい。
「ここは私的ということで、宮廷礼は必要ない」
面倒くさいのよね、あれ。
ていうかこの人、紹介もされないうちから公爵に話しかけてきたんだけど。
「殿下は特任教授でございますし、ここは学院なので」
ルミアの囁きで納得する。
そうだった。
学院内では身分による制限が一時廃止されるんだった。
例えば教授が伯爵家の方で学生が男爵の子女とかだったら、本来なら紹介されるまでは男爵子女から話しかけちゃ駄目だ。
身分が上の者の許可がないと先に口をきけない。
でもそんなことがまかり通っていたら、学生が教授と話せなくなってしまう。
なので学院内に限り、身分は一時的に無視してもいい。
何だか乙女ゲームの話みたいだけど。そうしないと回らないんだから仕方がない。
「御身は?」
「失礼致しました。
サフォーク男爵家のサナと申します」
男爵令嬢か。
テレジア公爵にされるまでの私なら身分的にトントンというか、むしろ上だったんだけど。
それはいいとして、何で礼を?
「サナ嬢は当研究室の学生募集に応じていただいた方の一人でございます。
試験と面接の結果、採用しました。
優秀です」
ルミアってもう立派に助教やってない?
私の知らないところで話がどんどん進んでいるみたい。
いいけど。
「それはおめでとう」
言っておく。
「ありがとうございます!
このご恩に報いるために、何としてでも公爵殿下のお力になれるよう、鋭意精進させて頂きます!」
言うだけ言って引っ込むサナ嬢。
よく判らないけどよろしく。
すぐに次の学生が私の前で片膝をついた。
殿方だった。
「ミルフォード・オブライエンでございます。
王国騎士を拝命しております」
やっぱりイケメンだった。
顔がいいだけじゃなくて身体もご立派だ。
騎士の息子とかじゃなくて本人が授爵しているのか。
「よしなに」
結局、そこにいた学生6人全員からお礼を言われてしまった。
教授とメロディは二人の世界に突入していて当分終わりそうにもない。
なので私は執務室に戻って自分の席について休む事にした。
付き合ってられんわ。




