218.後方支援
【攻略対象に会えなかったとか?】
【それどころか学院に居ませんでした。
調べて貰ったら全員、失踪したり亡くなっていて】
そう、あれは衝撃だった。
まさか初っぱなから物語が破綻しているとは思ってなかったものね。
【あれま】
【そもそも学院は共学じゃないし、学年やクラスもありません。
基本的に男女は同席しないので、乙女ゲームが成立しようがない。
同級生もいないので、いわゆるキャンパスライフも出来ません】
そう、テレジア王立貴族学院は徹頭徹尾、貴族を育てるための教育機関だ。
恋愛遊戯なんか出来る環境じゃなかった。
【ちょっと待って。
それでも設定は小説通りなの?】
【初期設定だけです。
攻略対象の人たちは実在していたことは確かです。
私が男爵家の庶子で孤児院育ちというところも。
でも物語は始まった時点で既に破綻してました】
少なくとも乙女ゲーム小説じゃなくなっていた。
むしろRPGというか、サバイバル物?
それより私の方から聞きたいことがあった。
【メロディ様の方はどうなのですか?
ご身分からみると悪役令嬢なのでは】
【「様」はいらない。
私の方が年上みたいだけど、同輩ということで呼び捨てにして。
私もそうするから】
【判りました……判った】
するとメロディはおもむろにカップを取り上げてお茶を飲んだ。
その動作が洗練されすぎている。
さすがは生まれながらの王女殿下。
前世は女子高生みたいだけど(笑)。
【私は物心ついた頃からずっと調べていたんだけど、覚えている限りではどの乙女ゲームにも合致しなかった。
メロディなんていうヒロインや悪役令嬢が出てくる話なんか知らないし】
【乙女ゲームとは限らないのでは。
実際、私の方はゲームじゃなくて小説でした。
逆ハーはありますが悪役令嬢らしき人は出ないしざまぁもなかったような】
【ような?】
【あ、私の前世の人は小説を最後まで読んでないみたいなんです。
途中で切れているというか、読み終わらないうちに死んだんじゃないかと】
【すると結末は判らないわけね】
【そうですね。
実は、今のこの状況は既に小説の展開とはかけ離れてしまっていて、元の小説の結末とはもう関係なさそうなんですが】
つい丁寧語になってしまう。
だってメロディ、いやメロディアナ様って向かい合っていると圧倒的なのよ。
美貌も雰囲気も威圧もなんちゃって公爵な私とは桁違いだ。
どうみてもヒロインどころか悪役令嬢ですらない。
むしろ俺様王子?
【そうなの……。
とりあえずお互いに小説とかゲームとかの展開に従っているわけではないということね。
強制力もなしと】
【それがですね】
私はメロディに強制力的な力が働いているかもしれない疑いがあることを話した。
攻略対象の代わりに高位貴族家の令嬢が集まってきてしまったり、その人たちが私の配下になったりしている。
舞踏会では王太子殿下と踊ったし。
【細部は違うのですが、大まかな流れは不気味なくらい小説の筋に沿っているみたいで】
【なるほど】
メロディは物憂げな雰囲気を醸し出しながらソファーに背を預けた。
それだけで絵になる。
私がやったら怠けているようにしか見えないだろうけど(泣)。
【……大体の事情は把握した。
今度は私の方の状況を話すね。
まず、私の立場はシルデリア王家の王太子の長女ということになる。
第一王女という称号は現時点におけるシルデリア王家の筆頭王女ということね。
父上が立太子されたことで、父上の兄弟姉妹の方々はみんな臣籍降下(嫁)した】
おう。
ホンマモンの王家の内部事情だ。
【するとメロディ……は王太孫ということ?】
【そうだけど、そんな言い方はしないわね。
ちなみに私は第一王女ではあるけど父上の跡継ぎというわけじゃない。
弟がいるから】
シルデリア王家は男系優先らしい。
まあ、大抵の王家はそうでしょうね。
テレジアもそうだったと思う。
もっとも女性に継承権がないわけではなくて、男が優先されるだけだ。
【それから誤解しているかもしれないから言うけど、私は生まれたときから王家で育てられたわけじゃないから】
何と!
メロディも妾腹だったと?
【違う違う。
父上は正統なシルデリア王家の王子だし、母上も正式に父上に嫁いだ貴族令嬢よ。
でも、お二人は実質的には駆け落ちでね】
悪戯っぽい表情になる王女様。
何それ。
やっぱ乙女ゲーム?
【婚約破棄とかしたんですか?】
そんなのは私の祖父だけで充分なのに。
【それはないと思う。
ただ、シルデリア王家ってサラナ連合王国の筆頭国だから、王家の輿入れや婿入りは面倒くさいらしいのよ。
連合王国内の力関係で婚姻が決まることが多いのだけれど、父上と母上はあるとき舞踏会だかパーティだかで会って意気投合したらしいの。
連合国内の意思統一が出来ないうちに勝手に婚約して、みんな戸惑っているうちに事実婚してしまったらしくて。
すぐに母上が私を懐妊して、もう引き返せなくなってしまって。
当然、メンツを潰された他の王家は怒るでしょ。
王宮にヤバい空気が漂うようになって。
なので父上は地方に要塞都市を造って母上に自分と母上の家臣をつけて送り込んだ】
メロディは言葉を切ってお茶を飲んだ。
自分語りまでいってないけど、もうこれってロマンス小説のプロローグなんじゃない?
【それでメロディが生まれた、と】
【そう。
父上は宮廷に留まって政争に励み、母上はその要塞都市で私を育てつつ後方支援に徹していたのだけれど……私、商会の事務員に化けていた母上と一緒に平民として育ったのよね】




