214.紹介
そういうことか。
家令によれば案内状を送ってくる貴族家の大半というかほとんどは儀礼上やっているだけで、どうしても私に出席して欲しいなどとは思ってないそうだ。
でも逆にお誘いがないことに私が怒るかもしれないから、とりあえず案内状を出しておく。
もちろん、まかり間違って来てしまったら歓待してくれるらしい。
「私、まだ親しい貴族っていないのよね」
「ご友人の伝手ならば良いかと」
ああ、そうか。
私が直接知っている貴族の爵位持ちは少ないけど、その令嬢方ならいる。
エリザベスや侍女見習いの人たちの実家なんか良いかも。
「そうね」
「これから冬の社交シーズンに入ります。
お試しの意味でもいくつかご参加なさっては」
うーん。
いいんだろうか。
それで気がついた。
王家のご意見を聞かないと何も出来なくはない?
貴族からのお誘いのお返事はとりあえず保留にして過ごしていると王家からお手紙が来た。
立派な書状だから何かと身構えてしまったけど、単なる私的なお茶会のお誘いだった。
主催は王太子妃様で、ご友人を紹介したいとのことだ。
まあ、国王陛下や王太子殿下だと命令になってしまうし何となく問題がありそうだものね。
私が殿方だったら問題ないんだけど女でしかもまだ十代。
アンバランス過ぎる。
王妃様ですら目上過ぎて躊躇ってしまうんだけど、王太子妃様ならまあいいかと。
「王太子妃様のご友人ね」
「実際には陛下や王太子殿下の側近の係累などでしょうな。
王家の方がなさることはまず、十中八九政治的な行動だと思って間違いないかと」
家令が言うんだからそうなんだろうな。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説では王妃とか王太子妃とかが趣味の集まりを開いていたりしたけど、現実ではあの方達にそんなことをしている暇はなさそう。
貴族の生活は生存競争だ。
あらゆる局面を読んで少しでも自分が有利になるように動くのが当たり前。
例え趣味の集まりだったとしたって必ず政治的な要素が含まれる。
「本当に王太子妃殿下のご友人を紹介したいのかもしれません」
専任侍女が指摘した。
「友情で?」
「高貴な方々の繋がりは政治そのものでございます。
力の均衡を保つために、その方々のご厚意を勝ち取るのは立派な政治的な行動です」
なるほど。
まあいい。
私も知らないよりは知り合いになっておいた方が動きやすいことは確かだし。
王太子妃様がご友人とおっしゃるのだとしたら、ほぼ間違いなく高位貴族の令嬢やご夫人だろうしね。
普通の高位貴族にとって淑女や令嬢とのコネを作るのは奥方のお役目だ。
だって殿方がよその貴族の奥方や令嬢と親しくなるわけにはいかないでしょう。
殿方は殿方同士で繋がりを持つんだけど。
私の場合、公爵が女性だからややこしくなるんだよね。
お相手の貴族の殿方にとってもご婦人や令嬢にとっても噛み合わない部分が出てくる。
しかも私は外見的にはポワポワの小娘だから。
皆様もさぞかしやりにくかろう。
「そんなことはございません」
専任メイドが断言した。
「殿下こそ究極でございます」
あー、それはもういいから。
色々考えたけど結論を出すには材料が足りない。
こんな場合は無思考でぶつかってみてその場で対応を決めるしかない。
「判りました。
参ります」
数日後、私は例によって護衛や侍女やメイドを伴って王宮に出向いた。
私の前世の人の世界には魔法みたいに動く絵物語があるんだけど、思い出してみたら間違いだらけだったような。
だってその物語では王太子妃とか公爵令嬢とかが一人でフラフラ歩いているのよ。
誰一人いない長くて広い廊下とか、無人の庭園とか。
それどころか公爵令嬢が簡単に城から外出して街を歩いていたり。
そして暴漢に襲われるとか。
私の前世の人の世界って貴族がほぼいない、というよりはいてもほとんど人の目に触れないくらい少ないからそれで通ってしまっているんだろうな。
実際には公爵どころか伯爵以上の高位貴族が動く場合、随行員が2桁は当たり前。
しかも好き勝手にフラフラ歩いたりは出来ない。
あらかじめ通るルートが決まっていて安全確認されている。
その結果によっては別のルートに変更になることもある。
先触れが先行するし、場合によっては横に逸れたり戻ったりする。
お城の廊下は狭いから、向こうから誰か来たら身分の低い方が遠慮するのよ。
ちなみに使用人は平民だから、貴族の行列に出会ったら壁に張り付いて両手を胸の前で組んでうつむくことになっている。
うっかりご尊顔を見てしまったら、最悪の場合はそれだけで首が飛ぶ。
私は自分が男爵の庶子だったからよく知っている。
まあ、その頃はお城になんか呼ばれなかったけど。
離宮を馬車で出発して数分で王宮に着く。
それから入城の手続きとか色々あって、王宮執事の案内で王太子妃様のお茶会会場に着いた時には離宮を出てから30分くらいたっていた。
窓から離宮が見えるのに(泣)。
でも予めそういう状況は想定してあるから、約束していた時刻ぴったりに到着した。
お茶会だから午後3時くらいか。
正直、これだけで午後は潰れるのよね。
お誘いされているパーティやお茶会に全部出席していたら、貴族は他に何も出来なくなってしまうだろう。
入室の際には面倒くさいやりとりがあったんだけど心を無にしてやり過ごす。
私の戦場はここからだ。
「ようこそマリアンヌ殿」
「お招きに預かり、光栄でございます」
手前で礼をとる。
ちらっと見たらテーブルに着いているのは王太子妃様の他は淑女が一人だけだった。
あの方が「ご友人」?
「どうぞお座りになって」
「それでは失礼して」
王太子妃様付きのメイドが椅子を引いてくれたので静々と腰掛ける。
「ご紹介するわ」
王太子妃様が気軽におっしゃった。
「こちらはテレジア公爵のマリアンヌ殿。
マリアンヌ殿、こちらはサラナ連合王国シルデリア王家第一王女のメロディアナ殿下です」
メロディアナ殿下登場。
友情出演です。
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