211.策士
ロンバートが来たので聞いてみた。
「領名と領主の家名が一緒なのって、ひょっとして?」
「はい。
ヨーク家は代々、この領地を治めておられます。
事実上の領地貴族ですな」
やっぱりか。
つまり万一、テレジア公爵がヨーク子爵を気に入らなくても、おいそれとは更迭とか出来ないわけね。
代理領主の人達に嫌われたら、むしろ私の方が更迭されかねない。
何事も穏便に。
お風呂で身体中を磨かれた後、馬車隊が積んできたらしい豪華なドレスを着せられた私はヨーク領主館の広間で開催された晩餐会に臨んだ。
当然だけど主賓で主催者はヨーク子爵。
子爵夫人や子供達も隣席した。
ちなみにヨーク子爵は私の母上より年上で、嫡男は既に学院を出てどこかの貴族領で家令見習いをやっているそうだ。
これは将来的にヨーク子爵領を継ぐための訓練で、次男も別の貴族家にいるとか。
なので、晩餐会に出席したのはヨーク子爵家の成人前の令息と令嬢だけだった。
一番下でも私よりちょっと年下なだけだけど(泣)。
晩餐会の前に別室でご一家にご挨拶させて頂いたんだけど、子爵と夫人はともかく子供達はあっけにとられた表情だった。
だって新しい公爵が来るというので緊張していたら、自分と同じような年齢のポワポワのお嬢様だったんだもんね。
最初は私のことを公爵の令嬢だと思ったらしくて、そういう口調で話しかけてきて子爵に叱責されていた。
そういう所は乙女ゲーム小説に近いのだろうな。
「申し訳ございません!
公爵殿下のことを事前に説明出来ず」
「かまいません。
よろしくお願いしますね」
にっこり笑って寛大なところをみせておく。
敵を作らないことが最重要課題だ。
晩餐会では最初にちょっと挨拶させられたけど、あまり会話をせずに済んだ。
こういった食事会は席が決まっていて、私と話せるのは左右と前に座っている人たちだけだ。
左右は子爵夫妻だし向かい側は子爵領の誰か偉い人たちだったから、澄まして食事していればあまり話さずに済んだ。
もっとも領主代理に言われてくそ勉強で子爵領のことを詰め込んできたので、何とか話題についていけたけど。
特産品とか領地の状況とか。
「まあ、ソロ河の氾濫対策は終わっているのですか」
「はい。
足かけ3年かかりましたが」
そういう仕事をする役所のトップらしい中年の人がため息をつきながら言う。
「何とか間に合いました。
実は夏の大雨で一部が崩れまして」
「大丈夫だったのでしょうか」
「職員はもちろん、その辺りの連中を総動員して何とか復旧したような次第で」
「そのせいで作付けが遅れまして」
別の人が話を続ける。
「結局、臨時に人を雇って間に合わせましたが予備費を圧迫して」
この人たち、領地の役所では高官らしいから貴族家の者ではある。
でも本当なら公爵とタメで話せる身分じゃないんだけど。
私が「ここは無礼講で」と言ってしまったら出るわ出るわ。
自慢話とも愚痴とも言えないような話が延々と続いて、私は笑顔や心配そうな表情で相づちを打つだけで乗り切った。
ヨーク子爵様はどっちかというと知らない振りだったし子爵夫人も無言だった。
この人たちもお飾り臭いな。
多分、領主代行貴族家として代々続いているせいで実務から離れてしまっているんだろう。
配下の人たちがヨーク子爵領を上手く回していて、下手に口を出さない方がいいと思っているみたい。
ならば。
私は雌虎の牙と爪を隠して終始にこやかに過ごすのだった。
疲れる晩餐会だったけど、特に悪評が立つような気配はなかったから成功だろう。
ほどほどで切り上げて客間に戻り、さっとお風呂に入ってすぐに寝てしまった。
やっぱり疲れた。
次の日は一日中、子爵領の視察だった。
といっても馬車に乗って見学するだけだ。
修復した堤やきちんと整備された畑なんかを見せられたけどよく判らないからにこやかに笑っているだけで済ませた。
相手だってド素人の小娘に何か言われたくは無かろう。
いいんだよ。
貴族って基本は存在するだけでいいのだ。
そして何かあったら責任を取ると。
私が誰かを断罪するって、まああり得ないけど、でも貴族の義務だからいざとなったらやるだろうな。
ヨーク子爵領の視察は一日で終わって、その夜は子爵ご一家の私的な晩餐に招かれた。
普通だったら公爵と子爵が同席するってあり得ないんだけど、寄親と寄子という関係なら大丈夫だ。
堅苦しい場になりそうだったけど子爵の令嬢や令息が学院のお話を持ち出したことで解決した。
ていうか話が弾んだ。
「殿下はまだ学院に在籍しておられるのですか?」
「はい。
忙しくて最近は通えていないのですが」
それどころか学生として戻れるかどうかも不明だ。
特任教授にされたし。
そこら辺は黙っておく。
「やはり、勉学は難しいのでしょうか」
「そうですね。
出来れば入院前に礼儀についてはよく学んでおくことをお勧めします。
入院試験で合格を貰えなければ『始まりの部屋』送りになりますよ」
もちろん経験者は語るなどとは言わない。
「僕は末っ子なので将来は平民なのですが、やはり学院に行くべきでしょうか」
「もちろんです!
行くと行かないとでは将来がまったく違ってきます」
ちらっと見たら子爵夫婦が沈んだ表情をしていた。
判るよ。
学院の学費って高いのよね。
しかもその前に家庭教師をつけて最低限の知識を学ばせなければならないし。
嫡男や次男でそのことは判っていて、また出費がかさむとがっくりしているんだろうな。
でももう遅い。
寄親の公爵が「是非行かせろ」と明言してしまった。
これって命令だからヨーク子爵としては死んでも子息令嬢を学院に送るしかない。
ごめんなさい。




