210.視察
満腹してデザートのコーヒーを飲んでいたら領主代理が来て言った。
「そろそろご用意願います」
もう?
まあ、誰かに会ったりするわけじゃないからいいか。
今日はこれから馬車で宿泊予定のお屋敷に行くだけだ。
馬車の中でゆっくり出来そう。
「視察を兼ねておりますので、道中色々とご説明申し上げたく」
「そうなのですか」
それはそうか。
物見遊山じゃないんだから。
え?
「説明役は誰が」
「私が同行させて頂きます」
領主代理自ら動くか!
「判りました」
「では」
それはそうか。
ロンバートはこれから私の代理としてテレジア公爵領を統治しなきゃならないのだ。
王家の後ろ盾があるとはいえ、テレジア公爵領ではロンバートはよそ者だ。
だから領主である私と一緒に各貴族を訪ねて圧力を掛けておくつもりなんでしょうね。
えげつないなあ。
もっともこれ、いい手ではある。
私って見た目はポワポワの貴族のお嬢様だものね。
そんなのが公爵でございと言ったところで舐められて終わる可能性が高い。
だけどその後ろで王家の手先が目を光らせていたら。
形だけでも敬意を払うしかない。
それにしても気楽だったはずの馬車旅に領主代理が同行するとは。
気疲れしそう。
衣装部屋に案内されて着替えさせられる。
お風呂はなし。
これから馬車で移動するから向こうに着いてから入ることになるらしい。
それなりに豪華だけどゆったりしている衣装を着てエントランスに行くと馬車が待っていた。
ていうか馬車隊?
「みんなも一緒に行くの?」
「公爵殿下の視察でございますので」
身一つで気軽に、というわけにはいかないことは判るけど。
それにしても大げさな。
サエラ男爵領から王都に行ったときなんかお供どころか私自身が行商人の荷物扱いだったのよ。
「お気になさらず」
馬車に納まって待っていたら領主代理が乗り込んで来て言った。
「今回はテレジア公爵領政務所の視察を兼ねています。
引き継ぎもございますので」
なるほど。
そういうことか。
私ってむしろ言い訳に使われるのかも(泣)。
まあいい。
嫌だったら自分で何とかしろと言われかねないものね。
面倒くさいことは最初にまとめて片付けておくに限る。
専任侍女と専任メイドも一緒に乗ってくれた。
ちなみに専任執事は万一に備えて領主館で待機だそうだ。
家令見習いはどっかを駆け回っているそうで姿が見えなかった。
みんな大変だなあ。
私も頑張らないと。
覚悟していたけど、実際にはのんびりとした道行きだった。
馬車は広くて綺麗に整えられた道をゆっくりと走り、ロンバートが窓から見える景色や施設を解説してくれる。
テレジア公爵領の地図もあって、現在どの辺に居るのかも教えて貰った。
「この辺りは農地なのね」
「王都の穀物倉ですな。
テレジア公爵領で消費しきれないものを輸出しています」
凄い。
つまりテレジア公爵領って食料に限れば自給自足出来ると。
「食料だけではございませんが。
まあそれは追々」
さいですか。
凄い領地もらっちゃったなあ。
でも逆に言えば私なんかが口出し出来る余地はないとも言える。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説だと、ヒロインやら悪役令嬢やらが前世の知識チートで領地を発展させるんだけど、実際には無理よね。
出来る事なら誰か頭の良い人が既にやっている。
出来ないからないわけで。
私のいい加減な戯れ言で歌劇が出来てしまったようなのとは違う。
口を出すのは止めよう。
目的地の領主館に着いたのは夕方だった。
ちょっと小ぶりだけどファサード付きの立派な館だ。
玄関? では領主自らが配下を従えて待っていてくれた。
「ご紹介させて頂きます。
こちらはカナル・ヨーク子爵殿でございます」
ヨーク子爵様はどこといって特徴のない、でも十分イケオジな中年貴族だった。
有能ではあるんだろうな。
「カナルでございます。
ヨーク領を預からせて頂いております」
「よしなに。
マリアンヌよ」
礼までいかない動作をキメる。
淑女が目下の者に会った時の定型で、ほんのちょっと膝を曲げるのよね。
なかなか出来なくてシシリー様に何度もどやされたもんだ。
「お疲れでしょう。
こちらに」
ヨーク領主館のメイドに案内されたのは豪華な客間だった。
それこそ王様が泊まりそうなお部屋だ。
そういう目的で作られたんだろうな。
とりあえずソファーに座ってグレースが煎れてくれたお茶を飲んでいると専任侍女が言った。
「少しお休みになられたらご入浴になります。
晩餐はご領主主催で、ヨーク領の主立った者も同席させて頂くとのことです」
そういう流れか。
今日のお仕事はまだ終わらないみたい。




