204.視察
「だとすると……ひょっとして?」
「はい。
両国とも送るとしたら王室の者になるとのことです。
もちろん、身分は偽装されると」
「セレニア殿は子爵令嬢の名目だったな」
「おそらくそれと同じような形になるでしょうな。
それでですが」
宰相閣下が感情の込もらない目で私を見た。
ヤバい?
「両国とも、是非テレジア公爵に身元引受人になって頂きたいとのことでございます。
さすがにテレジア王家には頼めないようで」
母上と祖母上!
どこまで過保護なんだよ!
ていうか私を伝手にしてテレジアに干渉しようとしてない?
「ということだが、引き受けて貰えまいか? テレジア公爵」
陛下(泣)。
それって依頼とかお願いじゃ無いよね。
「お心のままに」
そう言うしかない。
ということで、色々と疲れた極秘会談が終わった。
離宮に引き上げてから家令と専任執事を呼んでぶっちゃけたらしれっと言われた。
「お話は頂いております。
両国とも現在、人選中ということでございます。
この冬には到着なさるかと」
「まだ研究室が開設されてないのに?」
「とりあえずは普通の学生として学院に通われるとのことでございます。
殿下には身元保証人になって頂きたいと」
「それはいいけど。
でも学院で何をするの?」
だってその人たち、ハイロンドとライロケルの王家や皇家の者だよね?
乙女ゲーム小説じゃあるまいし、外国の王子や皇子が今更テレジアの学院に通って何か学ぶ必要ってないのでは。
「学院はただの口実でしょうな」
専任執事があっさり言った。
「おそらく彼の方々としては直接的に殿下と繋がりを持ちたいというところでしょう。
ハイロンドやライロケルの王室や皇室がテレジア王家ではなく公爵家と直接繋がるのは色々と問題がありますが、個人的な交流なら」
うーん。
なるほどというか狡猾なというべきか。
確かに母上と祖母上ってそれぞれ母国では事実上のトップだ。
だからこそ、よその国の公爵家とはいえ一貴族と過度な親密さを公にするのは問題がある。
だけど子弟(王家の者だけど)が伝手を辿って学院に留学する、ということなら頷けないこともない。
テレジア王家の手を煩わせたくないとかいう理由もつくし。
「判りました。
その件はよろしく」
「御意」
専任執事も臣下になってしまった。
もう前みたいなふざけた態度は微塵も見せない。
まあ家令がいるからなんだけど。
そして私はいつもの生活に戻った。
相変わらず謁見を願ってくる貴族やその名代などと会って適当に会話する毎日。
でも秋が深まってくると、冬になる前に公爵領の視察と主立った配下の謁見を済ませて欲しいということで慌ただしく旅立つことになってしまった。
何でも冬の間はむしろ王都の社交が忙しくなるらしい。
寒い時に何で、と思うけど、あまり外出出来ない季節だからこそ舞踏会やパーティを開きやすいそうだ。
領地貴族は自分の領地に戻るけど、もともと王都に住んでいる人たちは、言わば王都に閉じ込められるわけで。
これ幸いと交流を深めるらしい。
「私も?」
「当然でございます」
しょうがない。
とりあえず忘れることにして、自分の領地を訪問することにする。
人生初めての旅行だ。
学院に入るためにサエラ男爵領から王都に出てきた時は旅行というよりは移住だったし。
男爵家出入りの商人の馬車に乗せて貰って一人で来たっけ。
長旅の上に荷馬車だったから乗り心地は最悪だった。
とても旅を楽しむような余裕はなかった。
でも今回は。
「着きました」
公爵家御用達の最高級馬車だからほぼ揺れない。
しかも速い。
どんどん変わっていく景色を眺めていたら半日で着いてしまった。
よく考えたらテレジア公爵領ってほとんど王都に隣接しているんだよ。
近いはずだ。
それに道がやたらに整備されていたし。
現公爵領で元王領だからなあ。
テレジア公爵が移動する時は、もちろん単独じゃなくてメイドや侍女や護衛にその他色々なお役目の人たちが全部お供につく。
なので馬車ももう隊列と言いたいくらいの規模になるんだけど、それでもたった半日で着いてしまった。
だって窓から見ていると、すれ違ったり同じ方向に行く人達や馬車がみんな脇に避けている。
乗っていたらしい人達は全員、馬車を降りて片膝を突いて頭を下げているし。
貴族恐るべし。
公爵家の建物はさすがにお城じゃなかったけど、お屋敷というには大規模過ぎる大邸宅だった。
規模でいうと離宮を越えているような。
もの凄く立派な門をくぐり、広いお庭を延々と馬車で走って、ようやく建物が見えてくるくらい。
ファサードを通って玄関? に着くと見覚えがある人が待っていた。
「お帰りなさいませ。
殿下」
ロンバートさんではないか。
私が最初にテレジア公爵家の離宮に行った時に迎えてくれた家令代理だか代行だかの立派な紳士、いや貴族。
元々王家配下の方だと聞いていたけど?
専任侍女の手を借りて下僕が揃えてくれた足台を踏んで馬車から降りる。
「久しぶりね、ロンバート」
「殿下におかれましては益々お美しくなられて」
これがおべんちゃらに聞こえないから凄い。
こういうこと、ヒースやコレルは言ってくれないからなあ。
何というかこのロンバートさん、貴顕の側で御用を果たすお役目の人という気がする。




